三日坊主の備忘録

書いてみてわかる自分の気持ちにびっくり

3泊4日旅 初日は乗り鉄さん

2023年06月29日 | 日記

初日は実家を目指して大宮から新幹線。

(新潟へは 上越新幹線 とき、谷川 北陸新幹線 かがやき、はくたか)

 
こまちの色が好きだな。
 
今回は金沢行きの新幹線はくたかに乗って上越妙高駅で下車。
「SHUKURA」で美酒をと意気込んだけれど予約ならず。
 
せっかくだからと、普段下りないこの上越妙高駅から新潟を目指す。
第3セクター運営。
 
乗れなかった「syukura」が走り去る。
 
私はお酒は好きだけれど、その列車に乗れなくても大丈夫。
団体さんが乗車を始めたのは
 
 
豪華レストランのような仕様。
早速お客様はワインや日本酒のセットされた席に座っている。
その反対側には急行新潟行き。
桜の名所高田を通過するこの路線は初めての乗車。
この色合いもよいねぇ。
 
 
 
急行が行くと、私たちが乗る特急しらゆきが入ってきた。
 
 
雲がなければ越後三山を背景に、カーブする姿も素敵だったけれど12-40mmでは小さすぎた。
 
このしらゆきはきっとどこかを走っていた特急列車だったのかもしれない。
 
お昼時、
正直、駅弁で美味しいと満足したことがなかったけれど、
開けてびっくり、食べてびっくり。
私には懐かしい棒たら弁当。にしん弁当はもう売り切れていたけど、棒たらでよかった。
 
 




 
 
通過駅で見かけるローカル電車。
こちらでも可愛いラッピング車が走っていた。
 



車窓からは
懐かしい日本海の海が存分に楽しめた。
 
 




 
やがて新潟駅に到着して
特急いなほ号に乗り換える。
 
新潟には信濃川と阿賀野川が流れているけれど私にとってはこの阿賀野川が故郷。
父の思い出がたくさん詰まった阿賀野川を通過するたびに
子どものころ、父が良く話してくれた父の子ども時代のこと、
語ってくれる父の静かな笑顔と声。
思い出すだけで温かくて緩やかな気持ちになれる。
 


新潟駅から特急「いなほ」に乗車。
ほどなく故郷に到着。

夏の祭りはこの神社を出発して各町内へと山車は帰り

三日後にまた神社奉納へと旅立つ。祭りのメインイベント。

ここも、かつての賑わいが消え、老舗の店も閉じ、シャッター商店街。

市民の心意気 祭りの絵が描かれている。

駅前には地元の酒蔵、殿様の庭園、そして蔵春閣。






 

私たち夫婦はそれぞれの両親を見送った今、御仲人さんが生きていてくれる幸せを知っている。

そのお仲人さんも高齢、病気見舞いに駆けつけた。

次に実家。

私の兄の長男が住んでおり、すでに実家とは呼べない。でも、今回は温かく迎えていただき、

「おもてなし」を頂く。

町屋の実家はかっての面影をわずかに残してくれる
池も消え、庭もわずかとなっている。でも住んでもらっていることがどれだけありがたいか。
 
わたしの子どもの頃の遊び場。
染物問屋の職人はここで染物の反物を洗っていた。
子どもたちはずっと続くこの川で
木のつたをつかんではターザンごっこと称して肝試しを楽しんだ。
 
そして、この蔵に子どもが集まる。
紙芝居屋さんの呼ぶ声に、手に5円10円を握りしめて、この段がもう少しあったと思うけど。
紙芝居も楽しみだったけれど、この紙芝居屋さんから買える飴やせんべい?などが楽しみだった。
そう、紙芝居屋さんの声が役に応じて変わっていたことも思い出した。
 
 
商店街がシャッター商店街となり、その裏通りもすっかりと変わってしまった。
でも、幼馴染の小間物屋さんの家は表からは分からないけれど
川沿いの方は見事はばら園となっていた。
勿論、当時のおじさんたちは居るわけではない。
第一、5歳6歳の子どもがまもなく70歳になろうとしているのだから、
変わってあたりまえ。
 
 
たくさんの種類があったけれど、このばらに元気をもらいました。
そして、
次なる目的地へと駅に向かう。
到着すると、
あれ
あれ?
えっ💘
 
 
四季島が田舎の小さな駅で大宮駅のように停車している⁈
あわてて改札に入って発車を見逃さないよう走る。
上野駅で撮影したときに
のどかな景色の中で走る姿を写したいと思った四季島がいる。
ドクターイエローのようなきっぱりとした色合いでないから、夕方5時、目立たない。
そうこうしているうちに動き出した。
のどかな景色ではないけれど
故郷の駅にいたことに感謝だ。
(調べてみたなら、お客様はこの時に新潟市古町で芸者さんとお食事を楽しんでいたようだ。二人でおよそ150万円。見るだけで十分(#^^#))
 
 
 
駅につながる陸橋の工事中、四季島が消えていく。想像もしていなかった出会い。
あいにく貨物列車の撮影は間に合わなかったけれど
操車場にはたくさんのコンテナがつまれているのも見ることができた。
 
 
次なる目的地はだんなさんの青春の地 夜の長岡?
長岡は当時、県内有数の豪雪地。
2階建ての寮にいた彼は、寮のイベントでその2階から雪山へとダイビングしたり、
仮装行列を組んで長岡の町を練り歩いたりしたそうだ。
夜、歩いたけれど昔あった店はない。
こちらはシャッター商店街ではないけれど、
こちらもやはり方丈記。
ゆくかわのながれは・・・
翌朝は再び大宮に戻って岩手を目指す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 


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