津波がきたら「遠くより、より高くへ」と云われています。
生石地区は、昔、(津波が来ると)埴生山(はぶやま)に避難していたそうだ。
ちょうど鯛崎という交差点にある小山から埴生山に通じる遊歩道があり、そこを伝って避難したという。
そして今、そのつながっていた道が宅地開発か何かで切れている。
しかも、埴生山に通じる道はかなり迂回しなければならない。
とても子どもの足では逃げ遅れてしまうかもしれない。
そう思いながら地域をウロウロしていると、高い建物が目に付く。
幸いにも高いマンションが近くにある。
マンションの管理はたいてい管理組合である。
すべて賃貸だと、施設管理者か...
私もマンションに住んでいるのでそこいらの事情はわかっているつもりである。
もし、津波がきたらなにもためらわずに子どもたちを助けてくれるだろうか。
普段から、緊急時の避難をさせてくれるような協定のようなものを結んでおいた方がいいのでは...
また、平素からマンションを使った避難訓練もしておく必要があろう。
やはり、管理組合と協定を結ぶ受け皿としてはまちが一つになった組織がいいと思う。
一方で、民間事業者の建物の中にも高いものがいくつかある。
例え、地域の中にあるといってもやはり協定はいるだろう...
ここは一番、企業の社会貢献活動を高めるアイデアも必要であろう。
また一方で、埴生山に通じる避難道の見直しや新たな避難道をつくる必要も出てくる。
これは、桑原地区が地域の人たちだけで作った遊歩道の手法を参考にしよう。
さらに、避難道を作るだけでは駄目だ。
そこに避難道があることを平素から知ってもらわなければならない。
地域のある人が、「昔はお花見なんかで、よく山に登っていたからどこから上がったらいいかみんなよく知っていたが、今じゃあ知らんのじゃないのかのう」と言ったことが耳に残っていた。
この地域は近年、たくさんの住民が移り住んでくれた。
その分、この地域の歴史文化をあまり知らない人も増えている。
恐らく、埴生山に通じる道がどこにあるのか知らない人の方が多くなっているような気がする。
生石公民館の角田(かくた)公民館長に相談に行く。
「避難道の整備が出来たら、ハイキングイベントみたいなものを公民館でやってもらえませんか?」と
快く承諾してくれた。
少しづつではあるが、地域の人たちに何をしなければならないかをわかりやすく説明できるよう、準備が出来始めた。(つづく)