夢のもつれ

なんとなく考えたことを生の全般ともつれさせながら、書いていこうと思います。

角を曲がったら天理教にぶつかった

2023-01-04 | religion
これまで宗教については関心を寄せて来ました。そのことはこのブログのカテゴリー「philosophy」の記事を読んでもらえばいいでしょう。特にキリスト教については音楽や絵画の面からも知っているつもりですし、実際のミサに参列したこともあります。
でも、キリスト教に帰依する自分を想像することはできませんでした。

仏教については禅宗、特に道元には関心があり、座りもしないで公案の意味するところを考えて記事にしたりもしました。しかし、自分には禅寺で修行することはできないと考えていました。
お遍路さんになるのはどうでしょう。悪くないですが、あれはあれでおカネがかかりそうです。

若い頃は古代ギリシアの哲学に興味を持って、ゆくゆくはその研究をしたいと思っていました。しかし、ではソクラテスの死を描いた「パイドン」をそのまま信じられるのかと問われれば無理だと感じていました。

宗教に関心はあっても信じることができなかった。その理由は、この「religion」という新たなカテゴリーを立てて天理教について記事を書いていく中で逆に明らかになるでしょう。天理教は違うかもしれないと感じます。教会に行くようになってまだ1か月も経たないのに。

最初に近くの大教会に行って、教会長さんと2時間も話をさせていただき、その中で、
「どうして天理教に関心を持ったんですか?」と訊かれました。
「なんでしょうか、角を曲がったら天理教にぶつかったという感じでしょうか」と答えて、二人で声を合わせて笑いました。

その時には他にもいろんな説明をしました。
曰く「自分は出身が関西で、同級生に何人も信者がいたり、近所に信者が集まって鉦や太鼓の音がしているといった親しみがあった」
曰く「押しつけがましくなく、他宗教をむやみに否定しない感じがする」
曰く「かと言って神道と違って、ちゃんと道徳や倫理とつながっている」
曰く「統一教会問題でマスコミが騒いでいるから、かえって宗教について考えるようになった」
これらはウソではありません。
自転車に乗っていて、クルマにぶつかってしまった理由を挙げれば4つや5つはすぐに挙がるのと同じでしょう。
理由などどうでもいいのかもしれません。
重要なのはぶつかってしまった事実とその影響だと思います。


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