すべてがデータになる前に(6)
うーん。何か違う、もっと気持ちいい。もっと怖い。……あたしの右肩後ろ三十センチくらいのところにひらひらしたとても小さな女の子がいて、あたしとおしゃべりする。
「何か醜い女しか乗ってないよね」
「つまんないことしか考えてないからじゃないの? あはは」
「笑っちゃだめだよ、変に思われるからね」
「うんうん。でもすごくせいせいした気分なんだ。ここんとこ落ち込んでたんだけど」
「どうして?」
「さあ、忘れちゃった。どうでもいいこと、打ったらもう忘れちゃう携帯メールみたいな。何だかちょっとだけ高いところから見えるの。すべてが今は」
その子とあたしはずっとおしゃべりをしている。車内が飽きたら、外を歩く。黙っているけれど、とっても晴れやかな顔をして、何時間だって歩ける。仕事の予定があったのに忘れてしまうくらい。
事務所からお怒りの電話が掛かっても、口からでまかせの言い訳をする。
「遠別にいる五歳の姪が死んでしまって、かわいそうで、会いに行けないのがよけいに悲しくて、一晩中泣いて目が腫れてしまったんです」
なんて言うと、相手は絶句している気配がある。
「そこに行くのは、エクサンプロヴァンスに行くより遠いの」
「何だって?」
返事をしようとする前に金属音が二回鳴って、切れた。……警告ね。これは。
「何の?」
「遠くであたしとつながっているものからの」
「装いせよって?」
「うん、そんなところ」
でも、あたしは進むのをやめなかった。女の子が来てから、あたしは眠れなくなった。眠いと言えば眠いのかもしれないけれど、頭が冴えわたっていくらでも起きていられる。真夜中まで話をして、身体中の感覚がよそものみたいになって、夜が明けるとヴェランダに出る。
すると鴉がさあっと飛んできて、手すりに止まる。最初はびっくりしたけれど、いつも同じ、少し幼い感じの鴉がじっとあたしの目を見ているのがわかって、納得するものがあった。そういうことだったのね、それが最近の口癖だ。鴉があたしの頭に言葉を伝えても、そう思う。
『東京にはいっぱい人がいて、こんな街なんだよなって思ってるんだろうけど、ぼくらもいっぱいいて、ぜんぜん違ったふうに見てるんだよ。高いビルとかから見てもわからないだろうね』
頭頂部の羽毛がちょんと跳ね上がった若い鴉は、羽づくろいをしながらちょっと生意気な口調で言う。
『どうして?』
『言葉って、窓ガラスよりもっと分厚いだろ? そんなのを通して見てるからだよ。……でも、ぼくらがそんなことしたら、あっという間に墜落しちゃうよ』
……そんな会話を新鮮な朝の大気の中で交わし終えると、手すりをこんとノックする。それがお互いの合図のように、三階から地上すれすれまで見せつけるように急降下してから、高く舞い上がって姿を消す。そのときだけ肩の女の子はどこかに行っている。黙っているときは見えない。
あたしは幸福だった、充分に。だのに、その後、何回も後悔するようなことになってしまった。もう一つ欲張ったわけじゃないのに。