テルミンの演奏に必要な基礎的事項、「まっすぐ立つこと」に始まり、安定していて無駄な動きのない「美しいビブラート」や「極力正確な音程」といった要素は、できれば、無意識のうちに出来ていることが望ましく、意識的にどうにかしたい、と思って楽器の前に立っているうちはまだ自分のものになりきっていないのかもしれない。
では、無意識のうちにそれができるようになるにはどうしたらよいか、というと、もうそれは練習しかない。
・・・話が終ってしまったが、本当なのでしょうがない。
ただし、その人その人に応じて、どのような練習をすればより効果的か、どのような意識を持つべきか、についてのアドバイスが得られれば、より早い目的達成の道が開かれる。
自分にとって何が足りていないのかを自覚することができるかどうかは重要で、例えば、まっすぐ動かずに立てていないのにそれをわかっていなければ、直そうとすらしないわけだし、そこに進歩はない。
その際、先生(指導者)がいて、正しく指摘してもらえれば、手っ取り早い。
指摘されてもすぐには直せないこともしばしばであるが、修正の方向性さえ判明すれば、そのために練習をするのみであり、これは楽である。
しかし、「楽だ」と思って練習してもやっぱり出来ないこともあり、アマチュア演奏家としてはその限界を突き破るためにどこまで追求していくかは自分の体や精神との相談である。楽器の演奏や練習が楽しくなくては意味がない。(プロフェッショナル志向の方は別だし、アマチュアにとっても練習が苦しいか楽しいかは程度問題ではあろう。多少の苦しみなくしてその後の楽しみが訪れてはこない、という面もあるし。)
独習であっても、感覚の鋭いヒトは自らの欠点を自覚しつつ修正していく能力に長けているのだろう。その感覚や修正能力が鈍い場合でも、できなかったものがいつの間にか自然にできていることもある。これが練習の不思議。
また、ダメなときは休んで日をあらためる方がよいこともある。その後、「いつの間にかできるようになっている」ということがあるのも、必死になって練習して、へとへとになった経験を重ねたればこそ、という気もする。神様が一所懸命さを見ていてご褒美をくださるのだろうか。(無宗教者の独り言・・・無宗教であって無神論者ではない。)
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