西向きのバルコニーから

私立カームラ博物館付属芸能芸術家研究所の日誌

五輪荘の物語

2007年12月22日 14時55分00秒 | Weblog
 27年前の12月9日。松原から富田林へ向けて走る引越しトラックのカーラジオからは、ジョン・レノン射殺のニュースが流れていたっけ。

 その日から1年余り私の住まいとなったのが「五輪荘」。昭和39年に開催された東京オリンピックに因んで名付けられたというから、入居当時でも、既に築16年を経過した文化住宅であった。

 赤い瓦屋根の木造2階建て。部屋は6畳と4畳半、キッチンとトイレはあるが風呂は無し。玄関のドアを開けるとすぐに階段がある2階の部屋。学生の一人暮らしにしては、二部屋は少々広過ぎて贅沢な感じもしたが、先輩後輩や友人たちも頻繁に訪ねてきてくれて、なかなか賑やかで楽しく過ごせた。

 玄関側の狭いスペースは駐車場になっていて、その前には細い旧国道が走っている。そして部屋の裏窓からは広がる田畑が見え、数百メートル先には電車が通り、駅のホームも見えていた。

 風通しは良いものの、隙間風が階段をギシギシと軋ませたり、汲み取り式トイレから吹き上げる風が目に沁みたり、捨てた紙が下へ落ちずに空中でフワフワ浮かんでいたこともあった。

 その後、近くに引っ越してきた家族と住む為、五輪荘を出た。結局そこに住んでいたのは1年余りだった。


 それからまた時は過ぎ、五輪荘は築43年を経た今なお、そこに建っている。
 表には5階建て、裏には10階建ての高層マンションに挟まれて、ひっそりと佇んでいる。窓からは国道も駅も電車も、もう見えなくなったことだろう。
 住人も少なくなったらしく、夜には二、三軒の灯りが点るだけ。


 嗚呼、思い出深き五輪荘よ……。その姿も、いずれは消えてしまうのであろうな……。