幼くして心ならずも別れたK.H.さん宛ての手紙のスタイルで書きます。
宮崎県小林市立「小林南小学校」(入学時は「小林町立第2小学校」だったと思う)の4年が終了した時に、育ての親(父方の伯母の夫)の転職に伴い、千葉市立「稲毛第2小学校」(後に「稲丘小学校」)へ5年生として転校したのでした。
転校先では、言葉の問題は多少ありましたが、担任の市東先生がよく配慮して下さり、寧ろクラス・学年の中心人物として伸び伸び暮らすことができました。私のその頃のテーマは野球。級友が帆布製のグラヴを使っているころ、育ての親が奮発して、革製のグラヴを買ってくれたのです。毎晩大事に抱いて寝ていました。(他の実子3人に比べ、私が新しい環境にうまく馴染んで活躍しているのに気を良くしたのかもしれません。お陰で、転居に伴い、オネショの悪癖もすっかり影を潜めていました。)勉強を早く終えた順にグランドへ、授業が終わったらグランドへ、下校後はあちこちの草原・空き地で、学年に関係なく草野球、毎日2か所くらい回って。私はずっと投手で中心選手だったのです。私のカーブは先生方でも打てるのは教頭だけだった記憶。(こんな私でも、卒業間近の全国統一試験とかで、千葉市で一番だったと知らされたことは後の自信に繋がりました。)
私の転校から少し遅れて、K.H.さんも熊本市(黒髪町)に転居した、との報が届きました。更に、私が県立千葉第一高校(現「千葉高校」)に好成績で入学したと同様、K.H.さんも、県立熊本一高に入学したというニュースも嬉しいことでした。それを聞いて、男子の中心だった私は、当然のように、女子の中心だったK.H.さんと文通を始めました。しかし、こともあろうに、何通目かに住所を少し間違えて書いた絵ハガキが舞い戻って来ました。その中で私は、どこで覚えたたのか忘れましたが、目一杯の美文調で書き上げていました。2学年上の従姉から、さんざん囃したてられました。顔から火が出る思い、とはあれを指すのでしょう。もう意地でも書けません。そんなことで、ぷっつりと文通も終わってしまいました。
K.H.さん、そんな経緯だったのです。突然の断交、御理解下さいますか?
さて、昨日1/22(日)のことです。猛禽撮影に熱中している私は、妻がデイケアの行事で日曜出席するというので、喜びの余り、うっかり天候のことを熟慮せずに、県北のダム湖に向かいました。実は、前の金曜から土曜朝にかけて、悪天候の予報が出ていたのに、我々の太平洋岸では晴天続きだったから、気にも留めなかったのです。
ダム湖に近付くにつれ、日陰では道路を雪が覆っています。と言っても、生活道路でもあるので、轍(わだち)分くらいは踏み締められており、ノーマルタイヤながら、何とかゆっくり進行できました。アイスバーンの様子は有りませんでした。
しかし、定点である「新小山橋」までは行きませんでした。手前に長めの登りの雪路が有り、降りて確認すると、薄い雪の下はアイスバーンでしたので、前進を諦め、手前の「塩釜橋」の辺りで路肩に駐車して、観察を始めました。
少しすると、ダム事務所の方から、年配の1人と、老若4~5人のグループが歩いてやって来ました。ダム湖駐車場に止まっていた足立と大宮ナンバーの2台のグループのようです。
情報交換の最中、橋上空に突然、腹面真っ白の鳥影です。スワ!、と一斉に色めきたちましたが、翼角の黒斑から、ノスリと判定しました。その後一人はダム湖最上流部まで進み、他のグループは駐車場方面に戻り、30分もした頃でしょうか、先と同じ印象で、真っ白の鳥影です。撮って確認しようと試みましたが、枯木の向こうを、輪を描きながら太陽の方向へ移動し、強い逆光のためか、全くカメラが合焦しません。その鳥影は、広い主翼と、大きく開いた尾翼が殆どくっ付きそうでした。またその時、主翼はハッキリしませんが、尾翼にはクッキリと横方向(開いているので同心円弧状)の鷹斑が3~4本分、確か不連続に見えていました。焦っているうちに、枯木の林の陰で全く見えなくなりました。恰も、下の水面方向に消えたような印象でした。この間、殆ど羽ばたかなかったという記憶です。
林中の猛禽として知られるクマタカが、水面に何の用が有るのか不思議な思いでした。確認しようと、「見晴らし台」でウロウロ水面を見ている時に、例の一人歩きの東京人が戻って来たので話すと、彼は私の目撃の後くらいの時刻に、「新小山橋」より上流側の地点で尾根の向こうに消え入る鳥影を、クマタカの可能性が高い、として動画に収めたということで、自宅で確認するということでした。名刺も差し上げたので、連絡が楽しみです。また、他に餌が採れなければ、水鳥でも襲うかも、という推測も話し合いました。
更に1時半ころ、帰りかけた時、先ほどから四駆で盛んに移動していた埼玉のグループと一緒になったので話すと、「尾翼に鷹斑が見えるなら、間違いなくクマタカであろう。ノスリでは絶対に見えないはずだ。」と自信有り気に言う人がいました。手翼角の黒斑も見えなかった印象ですから、可能性がかなり高くなって来ました。
写真が無いのは全く残念ですが、それと自覚せぬまま目撃した可能性が出てきました。昨年晩秋から、13連続空振りに続く、14回目の出来事でした。
65年近い昔、故郷の小林市で、大人達の会話に出ていた、憧れのクマタカ!、です。
クマタカの観察打率が0だし、そろそろ南の涸沼のオオワシ・ハイチュー到来の時期に入るし、これを最後にしようと思っていたのですが、どうやら脈が出てきたようでもあるし、あの雪路には何か対策を講じてでも、また出かけよう、と考えている私です。
K.H.さん、ではまたお便りするかもしれません。
(クマタカに会えるかどうかの場面で、K.H.さんを連想するなど、同じ様に恋い慕っているのでしょうか?)
別途メールしました。
うれしいコメント、心から有難うございます。
あの時、意識して冷静に振舞ったのですが、どうしても合しょうしなくて、シャッタボタンが作動しなかったのが、返す返すも残念です。
またの機会を心待ちしております。