中山道ひとり歩る記(旧中山道を歩く)

旧中山道に沿って忠実に歩いたつもりです。

・芭蕉の道を歩く
・旧日光街道を歩く

細久手の大黒屋(旧中山道を歩く 231)

2011年03月02日 11時11分05秒 | 6.美濃(岐阜県)の旧中山道を歩く(210~2



(細久手宿高札場跡、横の通路は観音堂への道)


(見あげると観音堂がある)

(細久手宿)
旗がひらめく場所に来ると、
道端に「細久手宿高札場跡」の表札が立っている。
もと高札があった場所に相違ない。
高札があったということは、
とりもなおさず此処が村に入る外れだということだ。
この地点から道路に人家が繋っている。

少し行くと左側に細久手公民館の前に出る。
細久手宿について説明によれば、
(標高約四百二十mにあって、江戸から48番目(距離92里)
京から二十二番目(距離約42里)に位置する宿場です。
中山道の開設当初、東の大久手宿から西の御嵩宿までの
道程が四里半(17.7km)もあったことから、
尾張藩によって設置されました。
慶長十一年(1606)の開宿当初は、
七軒家と呼ばれる小さな仮宿で、その後放火により全焼し、
慶長十五年(1610)に正規の宿場として再整備されています。
――中略――
現在の街並みは安政の大火以降に形成されたものです。)とある。

この向かい側が、細久手宿の尾州家定本陣「大黒屋」がある。
名ばかり大々的に喧伝されてしまうので、
余ほど大きな旅館だろうと思ってしまう。
見るからに小さな旅籠でしかない。
しかし、古くからそのまま残っているらしく、
上段の間などが残っているとのこと。

普通本陣は一つの宿場に、一箇所あれば済むものであるが、
尾張藩の特別な宿泊所として扱われたものの様である。
安政六年(1859)に再建された古い建物は、
今は細久手宿に残る唯一の旅館となっている。
その格式をうかがうことが出来る古い旅館のようであった。


(細久手宿の町並み)


(細久手公民館)


(奥が「大黒屋」)


(大黒屋)

家が途切れる頃、右手に神社の鳥居が見える。
「村社 日吉・愛宕神社」とある。
入口に常夜灯があり、本殿は山奥にあるように見える。
入口の路上に沢山の猫が寝そべっていたのが印象に残る。
道路を進むと右手土手の上約4mの所に、「西坂の穴観音」がある。
階段があるので登ってみると、
なるほど穴の中に観音様が鎮座している。
九万九千日観音と呼ばれ、
縁日に拝むと九万九千回分のご利益があると伝えられ、
旅人からも進行を受けてきた。
さぞ多くの旅人の安全を祈願してきたことであろう。


(村社 日吉・愛宕神社)


(西坂の穴観音)


(穴の中の観音様)

すぐ先の右手に小さな社があり、「津島神社」とある。
その由来は、
(津島神社は、尾張津島神社、京都八坂神社、東京天王社の分社である。
十二世紀津島社として文献に、
また室町時代より牛頭天王社津島様と呼ばれる。
牛頭天王は朝鮮新羅の牛頭山の神、
インド祇園精舎の守護神、地獄の忿怒鬼神の変化等と考えられるが、
本来防疫の大神である。
牛頭天王が旅に飢え、金持ちの巨里将来に宿を乞うたが断られ、
弟の蘇民将来に迎えられて、
藁の布団にアワの飯をご馳走になる。
その礼に与え、
旅の災いと厄介が発生してもこれを持っているものは助かると告した。
以来この護符を「蘇民将来」と呼び,
厄病除けは勿論交通安全の護符として進行される。
「蘇民将来」の希望者は細久手宿の郵便局へ)と書いてある。


(津島神社)

回り道をしてしまった。
前に進むと道路は端に(旧中山道くじ場跡)の石碑が建っている。
これはその昔、富くじの抽選会場であった場所とのことである。
山の中の楽しみは、博打か富籤しかなかった様で、
ここがその籤の抽選場所であった。

道路は登り坂で左に(旧中山道)の案内看板を見て、
林の中を右回りに抜けていくと、
人家の多い場所に出てくる。
左からくる国道に合流し、見落としそうな橋、「平岩橋」を渡る。
橋げたに「中山道」と入っており、やっと中山道であることがわかる。
川は山の中のためか水が綺麗で、
流れはさほど無い。


(道路は直進する)


(中仙道くじ場跡)


(山の中の馬頭観音様)


(広い道路に合流する)


(見落としそうな平岩橋を過ぎると急な上り坂)

先に進むと急な上り坂でうねっているが、
少し進むと道路は右に曲がる。
曲がる入口に、「左 中仙道西の坂」の石碑が建っている。
旧中山道はここから曲がることを意味している。
右側に別のもう一つの石碑が建っている。
その石碑には、これから先の道路は、
昔の中山道のままで、
どこにも手を加えていない旨細々と刻まれている。


(左に折れる道)


(左に折れた右角に「中仙道西の坂」の碑)


(左側にあるもう一つの石碑)

落ち葉の積った道路は、
その表面が土なのか、ごろ石なのか、
あるいはよく整備された石畳なのか知ることが出来ない。

しかし歩くには楽しみな道路である。


(落ち葉の道路)

(落ち葉の道2)