河内国喜志村覚え書き帖

大坂の東南、南河内は富田林市喜志村の歴史と文化の紹介です。
加えて、日々の思いをブログに移入しています。

茶話138 / 天まで届け

2024年07月08日 | よもやま話

毎日、「危険」のアラートが出されて、もはや畑仕事は早朝しかできない。
5時に起きて、畑へ行く。
4月に植えたサツマイモから、ようやく植えることができるほどの苗が出来た。
植え時期としては少し遅いができないことはない。
昔は梅雨に入る6月に植えたものだ。
それが今では、温室で苗を作るので、4月や5月と早くなっただけだ。
季節感の無い世の中になったものだ
植え終わって、やれやれと8時頃に帰る。
朝食を済ませて、涼しければ、もう一度畑へ行くが、すでに30度に達している。
毒炎焼くがごとく地は焦げ、命あっての物だねである。

家の中でじっとしているしかないが、我が狭い寓居には居場所がない。
庭に出て影の下で暇をつぶす。
去年に作った「吊りしのぶ(62/しのぶ)」を吊るそうと針金で台を作る。
さて、吊る段になって、コンクリートで固められた軒に吊りようがない。
仕方なく、庭の木の枝に吊るした。
どうも情緒がない。

昼になって孫が遊びに来た。
今日は七夕だから笹飾りを作ろうということになって、近くの竹藪から竹を切って来る。
飾りの短冊とかをPCでダウンロードする。
「マクドのポテトを爆食いできますように」
「私の願いごとがかないますように」
「ぢいぢのぢがなおりますように」
好きなことを書いて笹に吊るす。
さて立てかける段になって、「笹の葉さーらさら軒端に揺れる」の軒端がない。
仕方なく、玄関の柱にくくりつける。
完璧に情緒に欠ける。

生活が便利になった分、情緒がなくなった。
昔は、夏の夕べの縁側に蚊取り線香の煙が揺れて風鈴が静かに鳴ったものだ。
温暖化のせいだろうか、季節があっという間に変わる。
昔は、夏から秋に移ろう微妙な変化や風情を感じたものだ。
今日、七夕の笹飾りを川に流しに行こうとしたら、相方が「今は川に流すのは禁止」だと言う。
それでは願い事が天の川に届かないではないか!
仕方なく、畑で燃やした。
煙になって天まで届けだ!
みんなの願い事がかないますように。


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