どうも、どうも、どうも。やっと脱稿できた。昼過ぎに。4日ぐらい掛りました。「沖縄から視る『安保3文書』」。6月11日は、写真を前面に出して沖縄の実態をやったのだが、多数の写真をだせない紙面だから、全部読み直して、多少沖縄からの視点も入れた。全面的に書き直した。
苦労していたら、当ブログの常連さんが、色々と言ってきて、大いに参考にさせていただいた。ありがとう。私は、「安保3文書」は2010年以来の「防衛計画大綱」の改訂史(13年、18年)の集約と考えている。「島嶼部への攻撃への対処」ていうやつなどなど。2014年の「集団的自衛権」の解釈改憲による部分改訂は、行政権の暴走だ。しかし彼らは、この手法を通して、「安保3文書」まで突っ走った。今回は法令の改定もなく(間接的なものはあったが)、もう実態が進んでいるとばかりに、個別法ではなく、全体的なあり方をかえてきた。
憲法学者も、こうした動きに太刀打ちできていない。立憲主義がガラガラと崩れ去った。さてどうするのか? 米日共同演習は、あちこちで拡大しており、同時に実際の展開も大きな動きがある。私の軍事追っかけも、やり方を変えなければ、ならないだろう。点と点を結び、具体的に何が行なわれているのかを追及したい。
6月のPDF版を見直したが、ポイントを突いており、いい写真も多かった(自画自賛)。沖縄でももっと見せていきたい。中身とPDFという展開力を上手く利用したいものだ。
今月一本、勉強会をしたいという話しが入っているので、PDF版を早速つくりたい。「安保3文書」は2015年4月の「日米(米日!)防衛協力指針」の改訂が軸になっている。これを精査して、わかりやすく話したい。
そんなわけで、午後からは、旅のスケジュール表の制作をやった。概要は既にできていたが、病気でほっといた。本日で宿泊場所を全部決めた。計画に一部変更が出た。後は精査と調査の深化。ポイントが3、4つあるので、それにそって。「安保3文書」も関わってくる。面倒だが、具体的に見ていかないと、ダメだろう。最近2回の旅は、体調が悪く、出かけても不調で、どうにもダメだったので、そういうことがないようにしたい。
先ほど近くに買い物に出たら、残照が映えていた。私は午後、空を見たが、微妙だったので、行かなかった。上手くタイミングが合わないものだ。