2024年12月18日(水)曇り ① 辺野古第4ゲート前
今日はバスで「沖縄高専前」まで来た。
11:04 バス停から東に引き返す。キャンプ・シュワブゲート前のテントが見える。
この横縞は、キャンプ・シュワブゲートへの誘導路。
11:15 あっという間に10年が経ち、11年目に入っている。
私は立場が変わったが、今後もここにも関わっていこうと思う。
テントに立ち寄り、少々会話する。
11:30 キャンプ・シュワブ、メインゲート前。
この白縞は、米軍車両・関係車両・工事業者車両の誘導帯。
11:31 左側。旧工事ゲート前。封鎖されているが、この出っ張りは道路占用(道路法)されたまま。国道を沖縄防衛局が道路占用したままだ。使っていないのだから、道路占用したままにしているのはおかしい。道路占用の要件を欠いている。沖縄総合事務局(北部国道管理事務所)は然るべき対処を行うべきだ。
11:41 下っていく。それにしてもこのひび割れは何だ。大型ダンプの通行による痛みが激しいようだ。
因みに私は世田谷区の道路占用担当者だった。国道担当ではないが、道路法を承知している。
11:45 見えました。第4ゲート前の座り込み現場。
4階建てだ。1Fーゲート前座り込み現場。 2Fー作業員が型の中に落とし込んだコンクリを左官している。3Fーコンクリート注入機がその上の階に、何やら流し込んでいる。4F-重機が何やら掘削している。
森が壊された今、こうなっているが、さらにこれからどうなっていくのか? 土木工事は何を造り出すかもあろうが、確実に環境破壊をもたらしていく。
11:46 無理筋写真で恐縮だが、工事作業車両が入る車線は真ん中の黒いところ。右が反対車線。ほんとうかい?
ご心配なく、私はガードレールの外側から撮影。
11:48 ガードマンのヘルメットの並びに注目して撮った一枚。
11:52 彼は元NGOでアフガニスタンに4年間駐在。米軍によるアフガン戦争時代のこと。ターリバーンから怖い目に遭ったことはなかったが、米軍が一番怖かったと。米軍は結局撤収に追い込まれたが、ターリバーン政権と和平策を話し合いもせず、撤収したという。これがまたその後の混乱を招いたようだ。こうした類いのことは、今後、米中戦争が起きたら、同様なことが起きうると彼が指摘。
米国は逃げ去り、沖縄や日本が、めためたに破壊される。そのとき、日本政府に収集能力はあるのか? という問題が起きるだろう。ここはとびきり重要な論点になると私は考える。
11:53
11:54 コンクリートミキサー車が来た。
11:55 機動隊の指揮官が出てきて、道を空けろと言っている。
11:57 左手にハンドマイク、右手に指揮棒。
12:01 立ち上がって抗議のシュプレヒコールだ。
12:01 歌う! 歌詞カードを見ているのは、新曲だからか。確かにここできいたことのない歌だった。1960年代あるいは70年代初頭の歌のはず。
12:06 中隊長が時計を確認した。座り込み排除の時間を見計らっているようだ。
私は細かいところまで見ているのだ(だから疲れる)。
12:09 来た来た機動隊。
12:09 三線とシュプレ。島ぐるみ会議糸満のメンバーだ。
12:09 機動隊が排除にかかってきた。
12:11 機動隊が座り込む人をたちあがらせ、押しやろうとしている。指揮官の指示が飛ぶ。
12:12 右奥に居た女性が運ばれる。
12:12 運び出される。
12:12 指揮官の指示が飛ぶ。機動隊が座り込む人を持ち上げる。
12:13 座り込みが排除されていても、歌で参加者を励ます。
12:13 「基地はいらない!」の元で座り込む。
12:14 歌い続ける。
12:14 この座り込み排除の後に来るものは何か? 軍事力強化であり、軍事力優先の政治だ。そして戦争。米国・米軍は逃げ去る。
いつまでこんな近未来を私たちは容認するのか?!
12:15
12:15 排除が続く。
12:16 抵抗の意思は、機動隊の強制を阻む。
12:16 一人一人の意思が平和を目指す。
12:16 排除から、車両が入る。
12:18 排除された人々が機動隊に規制されている。
フォトグラファーの私は歩道の上に居る。
12:18 ガードマンの隊長が入っていく車両の数を数えている。右後ろ手にカウンターをもっている。
12:19 ガードマンのロボットと並ぶガードマン。
12:21
12:24 入ったダンプが上の階に登っていく。
12:24 砕石が積まれているダンプ。
埋め立てを守るガードマン。
12:37 カウンターを後ろ手に持つガードマン。
12:37 機動隊が下がる。
12:40 最後に抗議のシュプレヒコール。
ひとまずお疲れ様でした。
一人一人の踏ん張りが、つながりが悪夢を晴らしていくだろう。
②に続く