ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き、琉球諸島を巡る基地・戦争への道を問いかけ、自然を語る。●無断転載、お断り。
 

最終日は笠岡カブトガニ博物館へ(20210703)

2021年07月09日 | 旅の記録

 7月2日午後、瀬戸大橋から四国をあとにした。岡山県倉敷市へ。3日は岡山の友の運転で、笠岡へ。カブトガニ博物館がお目当てだった。この笠岡市立カブトガニ博物館は、この旅の企画の最終段階で気づき、計画に組込んだのだった。

 わたしが瀬戸内のカブトガニを知ったのは、1965年頃のことだ。未だ中学生だったと思う。日本の天然記念物に関する本の中に、トキ・コウノトリ・ライチョウ・カワウソ等と並んで紹介されていた。すっかり忘れていたのだ。たまたま、倉敷から広島空港の間でおもしろそうなところはないかとネットで調べていたら、出てきたのだ。まだ生存しているとは思っても居なかった。博物館までできているとは、2重の驚き。これをみてこようと、決めたのだった。

 無論、わたしにとってはカブトガニ単独のことではない。沖縄のジュゴンは、安保・基地の重圧の中で押しつぶされそうなのに、カブトガニは生存している。トキやコウノトリも市民有志が保護に熱心に取り組んだから、人工飼育までして再生できたのだ。わたしは1966年9月に豊岡まで行っている。当時9羽しか居なくなっていたコウノトリだったが、わたしは2日間で7羽をみた。生物の生存は、人間の作用を減らせば、共存できる道も開かれるのだ。

 トキやコウノトリは陸上で、空を舞い、目立つ。大型だし、親しみやすい。ジュゴンは海獣であり、目立たない。しかし愛らしい動物であり、知ってしまえば、愛すべき存在になるはずだ。沖縄では基地優先だから死んでしまえはないはずだ。おかしすぎる。ジュゴン博物館ができても当然では無かったのか。沖縄の取り組みが遅かったのは何故だろう。ヤンバルクイナもノグチゲラも沖縄の固有種だが、ジュゴンだって、負けず劣らず、貴重だし可愛い。確かに固有種ではないが、食性が海中で光合成をする限られたものしか食べず、個体群の隔離度は高いはずだ。オーストラリアやフィリピンのジュゴンと比べながら生態学的な調査などがやられてこなければならないはずだ。環境省が率先して取り組むべき課題なのだ。沖縄の海を軍事目的に封殺されては、生物の一員である人間として哀しすぎる。珊瑚礁の海は、干潟と共に生物相の豊かな環境だ。今からでも沖縄の人達は、様々な生物たちとの出会いを取り戻すことが、重要だろう。そこからひとつの可能性が生まれてこないだろうか。

 カブトガニの祖先は三葉虫だという。地球の古代に生まれ、現存しているのだ。干潟という環境がまだ辛くも残されてきたから、現存している。もっとも埋立てられやすく、破壊されやすい環境だが、生き続けてきた奇跡を私たちが潰してはならないだろう。ここではカブトガニがどうしているのか、わたしは知りたかった。

 倉敷市から笠岡市(瀬戸内沿いの岡山県最西端の地域)に向かった。案外遠い。国道2号線に入るまでが、難渋したのだ。

笠岡市立カブトガニ博物館。この形はカブトガニの頭。13:07

しかし同館は、緊急事態宣言が発令されている方のご来館は、ご遠慮くださいと。ネットでも電話でもきいていたので、友に入ってもらった。

わたしはしばらくぶらぶら。

12面体の像。おじいさんみたいにみえる左の絵がカブトガニ。成体は全長50(オス)60(メス)cm。

卵から幼体が生まれ、10数回脱皮して成体になるらしい。成体になるまで10数年かかるそうだ。本物見たかったな。13:18

博物館前の池にある恐竜。実物大らしい。全長15mぐらいだろうか。13:25

手前に咲いていたネジリバナ。高さ15cmぐらい。13:36

日陰がなくて暑かった。ヌマスギ。13:39

友が出てきて展示の内容を説明してくれた。カブトガニの居る水槽もあったようだが、恐竜の展示が目だったと。迫力で言えばそうだろうが、ここはカブトガニ博物館なのだから、メイン展示に留意して欲しいよね。笠岡になぜ生き残ってきたのかとか、その不思議や、地域の人々との協力とか。チラシをみたが、環境教育への配慮が感じられない。博物館の月報(年報)や研究紀要も発行されていない(電話で確認)。残念だ。予算と学芸員の問題だろう。

 尚、同市はカブトガニ保護条例を制定し、保護区域を設定。アナジャコ掘りや潮干狩りなど生息環境を乱す行為を禁じている。

 

博物館の裏手を行くフェリー。笠岡-白石。笠岡港は右側(北西)。14:03

アオサギが魚を狙っていた。14:14

対岸。あいにく干潟がでていない時間だった。14:16

こんなだ。干潮時でなければ歩いても現物をみることはできないから、またの機会を探りたい。14:16

戦争よりも生きものたちの世界を。そう考える人間が増えなければ、戦争は絶えないだろう。

 笠岡駅前で遅い昼食をとり、わたしは三原へ。不完全燃焼だったが、ヒントを得た。私たちがやるべきことはいくらでもあるようだ。



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