生田緑地内のさまざまな施設の中で、ひときわ興味深いのが
「川崎市立 日本民家園」
200~300年前の東日本の代表的な民家など、文化財建造物20数棟を
展示・公開している野外博物館です。 1967(昭和42)年 開園。
入口を入ると、さぁ、アナザーワールドの始まりです
園内には、その地方の風土や生業・生活習慣などの違いによって
いろいろな様式の建物が点在していて、1棟ずつ見て廻っていると
まるまる1日かかってしまうのではないかと思うほど☆
要領よくまとめてご紹介することは できそうにないけれど
ま、思いつくままに・・
例えば、屋根の形ひとつを見ても・・
間口が広く、軒の低い農家
(17世紀末 甲州市塩山)
豪雪地帯の、急勾配の合掌造り
(18世紀初 越中五箇山)
名主の家の「兜造り」
(1731年 長野県南佐久郡)
農家の明り取りの高窓(ハッポウ)
(18世紀末 山形県鶴岡市)
石置板葺の薬屋 兼 宿屋
(19世紀中期 長野県伊那市)
木材豊富な木曽では、クリなどの木を長さ40~60cm 幅10cm
厚さ1cmほどに割って並べ、押縁(おしぶち)を置き平石を並べて
押さえ、屋根を葺きました。 板は2~3年で天地を返します。
板が反るため雨漏りしやすく、また腐りやすかったようです。
内側から見ると、こんな風になってます。
このように、地域で入手できる材料を活かす工夫は こんな所にも。
強い潮風で曲がった磯慣れ松の梁
(17世紀後期 千葉県九十九里町)
地域特産の竹を活用した簀子の床
(1687年 神奈川県秦野市)
土間・台所にも、家業や家格などによる違いが見られます。
馬市に向かう馬方と馬を泊める馬宿の広い土間(内厩)
いろいろな漁具が置かれている網元の家の台所
炊事のほか農作業も行った農家の土間(釜屋)
街道沿いにあった油屋の土間のカマド
タイムスリップしたような錯覚に陥ります・・
250石取り藩士の屋敷の棟門
(19世紀初 愛知県名古屋市)
バラ苑のあとに寄ったので、とても全部は廻りきれませんでした。
また日を改めて!
17,927歩
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