「しかたがありません」と、ジローは言った。「町の人達に危険が及ぶのなら、放ってはおけません。少しでも早く王様の城に出向いて、やって来た場所に戻ろうと思います」
「――」と、町長は申し訳なさそうに目を伏せた。「本来であれば、王様の城まで誰かが案内をすればいいのだが、この“あこがれの町”は人手が足りなくて、ここまで育てた作物をそのままに、長い間留守にすることは、どうしてもできないんだ」
「許して欲しい――」
「いいえ」と、ジローは首を振った。「これ以上、迷惑をかけることはできません」
と、ノックの音が聞こえ、煎れたお茶を運んできた奥さんが、ドアを開けて部屋に入ってきた。
部屋に入ってきた町長の奥さんの後ろには、心細そうにおずおずと唇を噛んでいる男の子の姿があった。
「おやおや、もう泣き止んだんだね」と、顔を上げて町長が言った。「さすが男の子だ。強いなぁ、ぼくは」
マルコとジローは、町長の顔と男の子を交互に見て、首を傾げた。
「見覚えのない、子ですね」と、マルコが固い笑顔を浮かべて言った。「――町長の知り合いですか」
「いやいや、そうではないよ」と、町長は言った。「彼と同じ、迷い人なんだ」
「――」と、マルコはジローを見ると口をつぐんで、ソファーに座り直した。
「どこに、いたんですか?」
と、ジローは訊いた。
しかし、ジローが訊いたつもりの奥さんは、さっと顔をうつむかせ、男の子になにか耳打ちをすると、お茶を置いたその足で、部屋を出て行ってしまった。
なにか気に触るようなことをしたのか、戸惑って表情を曇らせたジローに、町長のメルクは言った。
「君が来る少し前だよ。納屋の扉が開いていたのを変に思った家主が、中に止めてあった馬車の荷台で、隠れていたこの子を見つけたそうだ」
「天野、真人です」
と、やって来た男の子が、練習したように繰り返して言った。
「アマノ、マコトです」
「――ほっほ、元気になったなぁ」と、町長は立ちあがって男の子を褒めると、空いているソファーに男の子を座らせた。
「聞いたとおり、この子は名前は言えるが、自分がどこから来たのか、覚えていないんだ」と、町長は言った。「君が王様の城に行くのなら、この子も一緒に連れて行ってほしい」