「――たとえば、昼なのに夜のように暗いとか、夜なのに昼のように明るいとか、そういったことですか」と、ジローは言った。
「いいや、そんなんじゃないよ」と、おじいさんは言うと、思い出したように部屋を出て、おいしそうなパンとチーズのような食べ物を持って戻って来た。
「さぁ、めずらしく来たお客さんだ。遠慮なく食べておくれ」と、おじいさんが言うと、ジローはもじもじしているマコトとサオリに、ご馳走になるように言った。
「小鳥はなにを食べるかわからなかったから、干した果実を持ってきてみたんだけどね」と、おじいさんは言うと、小皿に盛られた実をアオに見せるように置いた。
サオリの肩にじっと止まっていたアオは、おじいさんの言葉がわかったのか、小皿の置かれたテーブルにちょこんと下りて来たが、興味がなさそうにぷいっと横を向き、休めそうな場所を見つけて飛び移ると、黙って目を閉じた。
「さて。この町のことだったね」と、おじいさんは、むしゃむしゃと食べ物を頬ばっているマコトとサオリを見ながら、言った。
「自分の周りの時間が、急に変わるようになってしまったんだ」と、おじいさんは言った。「君達がこの町に来る前に、荒れ野を見た、と言っていたことだよ」
ジローは、首を傾げた。
「マコト君は、カーテンと言っていたけれども、あれは時間の変わり目だったんだよ。君達が荒れ野だと思っていたのは、それはきっと、遙か未来のこの町の姿なんだ」
「どういう、ことですか」と、ジローは身を乗り出すように言った。
「――じつはね。今この町には、ほとんど人が住んでいないんだよ」と、おじいさんは言った。「私と、私の知り合いのほかは、もしかしたらもうどこかに行ってしまったかもしれない。気がつかなかったかい。建物は綺麗に並んでいても、人の気配がしなかっただろ」
「――」と、ジローはうなずいた。「静かな町だとは思いましたけど、人がいないだなんて、思いもしませんでした」
「私に会えたのは、偶然というより、幸運だったかもしれないよ」と、おじいさんは言った。「この町は、“昨日と明日が一緒にある町”というんだよ。長い名前だが、それはそのまま、この町をよく言い表している」
と、おじいさんは立ちあがると、ポケットから小さな箱のような物を取りだして、ソファーに座り直した。
ラジオ? とジローは思ったが、箱を手にしたおじいさんは、耳に箱をあてがうやいなや、誰かと話を始めた。
「ここ何日か、女の子を連れた男の人を見なかったかね? ああ。うんうん。そうか。ああ、どうもな――」
「やはり、わしの知り合いも、サオリちゃんの父親を見たことはないそうだ」と、おじいさんは言って、箱をテーブルの上に置いた。
「ラジオと、話をしていたんですか?」と、ジローは目を丸くして訊いた。「マコトがラジオを持っていますが、こちらから話しかけることもできるんですね」