友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

胃が痛む

2016年01月31日 17時56分55秒 | Weblog

 1月も今日で終わってしまう。昨夜はサッカーのアジア選手権決勝戦を見ないで寝てしまった。このところ胃痛が続いている。カミさんが「健康にいいから」と勧めてくれる水素水が私の胃腸には合わないのかも知れない。それで一昨日から水素水とコーヒーは飲まないようにしたが、「お酒は何にする。今日はワインが飲みたい気分」と言うカミさんに、「調子が悪いからお酒はやめておく」とは言えなかった。

 案の定、夜中に腹が痛くなった。胃のあたりはもちろん右脇腹も痛む。ストレスによる胃潰瘍から解放されて10年近くなるのに、なぜ今頃復活してきたのか不思議だ。胃の痛みは30代から始まり、地域新聞を作っていた頃が最高で、それから持病になってしまった。ところが選挙に敗れ、もう出ないと決めてからはコロリと変わった。男がダメになると裏腹に胃の痛みは解消した。医者は「緊張感が無くなったのですよ」と言った。

 昼食の後、カミさんが「サッカーの決勝戦、録画してあるから観よう」と言う。「昨夜は途中で寝てしまったので、逆転するところを観たい」と言うのだ。先に2点取られたのに、よく3点も入れたと思い、これはぜひ観ようと同意する。なのに時々、観ながら居眠りをしてしまった。やはり調子が悪いのだろう。明日は大和塾の例会で、医者に行けるとしても午後になる。とりあえず薬局で薬を買って飲んでおく。

 マンションの知人が「管理事務所長がまだ決まらない。誰かいない?」と言う。今の自治会長は元公務員で、非常に一生懸命な人だ。人の欠点を見つけて、「あれはダメだ」と言ってしまう。育てることが苦手なようで、周りから協力する人がいなくなった。自治会長と管理事務所長を兼務するくらいに働いているが、それは一番マズイ形である。役員は誰でも出来ると私は思うが、「出来る人でないとダメだ」と自治会長が言うので、引き受け手がない。地域自治は民主主義の根幹であり、教室でもある。ウーン。

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自己実現

2016年01月30日 17時38分09秒 | Weblog

 長女の誕生日の前、6歳の娘が「ママ、誕生日のお祝いは何がいい?」とたずねた。共働きで毎日が忙しい長女は「時間」と答えてしまった。6歳の娘は目を白黒させた後、ニッコリ笑って、「分かった。時計でしょう」と言ったという。「私もよく時間が欲しいと言ってたなー」とカミさんは振り返る。カミさんは働く女性になりたかったわけではなく、流れでそうなってしまったのだが、長女は子どもの頃から「手に職を持つ」と言っていた。

 私たちの子どもの頃はまだまだ男尊女卑で、「女は上の学校へ行く必要はない」と言われていた。カミさんも日本銀行を紹介されていたが、国立大学に合格できたので許されたと言っていた。私の両親はふたりとも教員だったので、共働きを当たり前のように育ったが、カミさんの父親は警察官で、女房は家を守るものという考えだった。それでも、「(お父ちゃんは苦労したので」子どもは好きなことを好きなようにさせたい」と言っていた。

 小学校の時は気付きもしなかったけれど、中学・高校で成績順が発表されるのを見ると、いつも女の子がトップだった。女の子にはかなわないという意識が私にはあったので、女性が社会進出するのは当然のことだった。自分が社会に出てみると、働くことは生活する収入を得ることにとどまらず、自分を表現すること、自分の価値を発揮することでもあると気が付いた。流行りの言葉で言えば「自己実現」である。「自己実現」に男女の差があるはずはない。

 長女が看護の道に進み、大学生の娘が母親と同じ道を進むのも、ふたりが共通して世話好きだからだろう。人が人の世話をする仕事はとても難しいがやりがいがある。女性たちがその特性を活かして働くことは同時に喜びも得ることだろう。次女は職場で重宝されていだが、子どもの時からの夢だった専業主婦で暮らしている。子育てが楽しくて仕方ない様子だ。専業主婦もひとつの「自己実現」である。

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甘利大臣が辞任したが

2016年01月29日 17時26分58秒 | Weblog

 甘利大臣が辞任した。100万円を受け取ったが、適正に処理するように秘書に指示したし、政治資金として収支報告書に記載してあるので、法に違反していないと説明していた。ところが秘書が受け取った500万円のうちの300万円を秘書が私的に使っていたことを明らかにし、知らなかったこととはいえ監督責任がある。安倍政権の足を引っ張るのは耐えがたく、国会審議に支障があってはならないので辞任を決意したと話した。

 「私自身は何ら国民に恥じることはしていない」と言い、「秘書のせいと責任転嫁するようなことはできない」「それは政治家としての美学、生きざまに反する」とも語った。いかにも潔く、立派に見える。それでもまた秘書が悪者かと、参議院議員の秘書を務めたことのある私は思う。アメリカでは政治家と秘書は同士で、政策についてトコトン議論し合う仲だと聞いたことがあったが、日本の場合、秘書は下僕である。

 中には議員と師弟の間柄のような秘書もいたけれど、多くが丁稚のような扱いだった。議員の下で修業して、いつか地方議員に取り立ててもらい出世していく、これが秘書の姿だった。公設の若い秘書は、事務所に献金することを強要されるが、これも出世のためには仕方ない。高齢の秘書は汚れ役で、議員がやってはいけない裏の仕事をこなせる人でなければ勤まらない。甘利大臣が「いい人だけでは選挙に勝てない」と言うのも事実だろう。

 「政治家としての美学、生きざまに反する」と言うなら、なぜ、議員も辞めないのかと思ってしまう。やっぱり秘書に全ての罪を擦り付け、法に違反していないと言う自民党政治家の典型的パターンだ。政治は金がかかる、金を受け取ってもキチンと報告すれば犯罪ではない。そんな意識がどこかにあったはずだ。議会制民主主義そのものに問題があるのではないか、そんな気がする。

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歌は世の中を映している

2016年01月28日 17時43分37秒 | Weblog

 卒業式に歌うというので、小学校の1年生(?)の男の子が取材を受けていた。歌うのはNHKの朝のドラマ『あさが来た』の主題歌「365日の紙飛行機」だ。記者に「この歌のどこが好き?」と聞かれ、「〝思い通りにならない日は 明日頑張ろう“っていうところ」と答えていた。仮に1年生でなくても、3年生や4年生でも、凄い答だなと思って聞いた。

 「365日の紙飛行機」はなかなか意味深で、「人生は紙飛行機 願いを乗せて飛んでいくよ」とあり、「その距離を競うより どう飛んだかどこを飛んだか」が大事だという。その通りだと思うけれど、こういう考え方に批判的な人はいる。以前の若者は反抗的で、大人の言うことに懐疑的だった。こういう連中に投票権を与えたら、保守政権は潰されてしまう危機感があった。

 でも、今の若者たちは「急激に変わるより、現政権にやってもらった方がいい」「どの政党も変わらない。それなら安定した政権の方がいい」と考えている。年金生活の老人の方が「金持ちからたくさん取って、貧しい人に分けた方が平等」と主張する。ところが若者は「貧しいのは自己責任」と突き放す。時代が大きく変わった。

 歌の言葉で心揺さぶられることは多い。それは変わらないのだろうが、歌は変わっていく。母をテーマに歌ったもので私が思い出すものはやはり古い曲ばかりだ。「母さんが夜なべして 手袋編んでくれた」(『かあさんの歌』)。囲炉裏の臭いはしないが、母は夜なべして私や妹のセーターを編んでいた。森進一さんの『おふくろさん』は「お前もいつかは世の中の 傘になれよと教えてくれた」のに、未だに役に立てていない自分が腑甲斐無く、頑張ろうと思わせてくれる。

 私が好きな『無縁坂』は、「この坂を登るたび母はため息をついた ため息つけばそれですむ 後ろだけは見ちゃだめと」「運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど そういうことって確かにあると あなたを見ててそう思う」。まるで私の母の人生だと思うけれど、きっと人生はそんなものだろう。年老いて分かってきたこともある。中学校からの友だちと話していてそう思った。

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話は尽きなかった

2016年01月27日 17時16分12秒 | Weblog

 大府市に住む中学校からの友だちに会いに出かけた。彼のブログで、彼のカミさんがネクタイを再利用して小物を作っていることを知り、ネクタイを持って行った。何本あったのかキチンと数えなかったが60本か70本はあったと思う。気に入ったネクタイは使うのに、せっかく買っても一度もしなかったものもある。教員の時はネクタイをしなかったが、背広が仕事着になってからはネクタイが増えた。

 背広を脱いでもう何年にもなるのに、背広もネクタイもカッターシャツも捨てることが出来ずにいた。役に立つならありがたいと思ったし、どうしているかとも思い、市役所で落ち合った。「飯を食おうか」と言うので、市役所の最上階にある食堂でランチを奢ってもらった。同じものを食べたのに、彼が全部食べ切っても私は半分くらいしか食べられない。最近、食べるのが遅い。カミさんが食べ終わったのに私はまだもぐもぐやっている。彼もカミさんもすこぶる健康だから、食べっぷりがいいのだろう。

 彼は地域の役員を今期で辞める。高校の同級生の区長から頼まれて引き受けたが、決断が出来ないことに嫌気が差したと言う。日本人に特有の気質で、はっきりさせないのは保身のためだろう。「会社組織なら我慢もするが、地域共同体はみな平等だろう」。ところが現実は上下関係が維持されている。けれども責任となるとウヤムヤなのがこの社会の特性である。「それでもさ、もう、俺たちの時代じゃ―ないよな」。「おお、それでこの先10年をどう過ごすか、考えている」。「えっ、そんな先までも?」。話は尽きなかった。

 彼の家の近くに私の父の妹が住んでいる。叔母の家に行ったことはあるがもう60年以上昔だ。それでも桜並木を登ったところという記憶はある。近所で聞きたくても人がいない。幸い美容室があったのでそこで尋ねると、すぐ前の家だった。「隣が娘さんの家」と言うので、ベルを押すと叔母にそっくりなイトコが出てきた。向こうも私が誰だか分からなかったようだ。叔母が施設に入っている話を聞いて帰ってきた。街の様子が全く変わってしまったように、人もまた変わっていく。

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世界一古い民主の国、サンマリノ共和国

2016年01月26日 18時20分35秒 | Weblog

 今日は風がなかったので、久しぶりにルーフバルコニーに出てみた。案の定、排水口の周りに枯葉や土が溜まっている。こんなにたくさんの土はどこから来たのだろうと思って、チューリップの鉢を見ると、表面が削られて黄色い芽がむき出しになっている。土を鉢に返して回る。風はないがかなり冷たい。鼻水が落ちてくる。これまでがあまりに暖かかったので、チューリップは芽を出してしまっているが、この寒さに耐えられるだろうかと心配になる。

 3月6日の『とらいあんぐるフェスタ』での大和塾第47回市民講座に向けて準備を進める。チラシを送る住所のラベル印刷は、市の行事だからというので職員がやってくれた。このところ、なぜかラベル印刷が出来なかったので、本当に助かった。プレゼンテーションが終わり、ヒマになったから、テレビを見ながらひとりでラベル貼りをする。大学生になって忙しくしている孫娘が、以前は「単純作業って好き」と言い、いつも手伝ってくれた。

 2月1日に例会を開くから、その後で、みんなで作業をしてもらうつもりでいた。単純作業だが、開催するためには欠かせない。みんなでワイワイおしゃべりしながらすることで連帯が生まれ、みんなで開催している気持ちになる大事な作業だ。けれど、先日、塾生の友だちは2月13日に開く「アジアフェスティバルの準備に追われている」と言う。みんなそれぞれに忙しい。私はヒマなのだからテレビ見ながらでも作業しよう、そう思った。

 国会中継を聞きながら、ラベル貼りに続いてチラシを封筒に詰める作業をする。国会の議論はどうしてこんなに空疎なのだろう。いや地方議会も国会を手本にしているから同じようなものだ。世界で最も古い民主主義国家と自負する「サンマリノ共和国」は、行政の長である執政を大評議会議員の中から互選によって選出する。独裁化を防ぐため、執政は常に2名と決められ、しかも執政の任期は6ヶ月のみで再選は3年間認められない。どんな議会なのか見てみたい。

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琴奨菊の優勝と宜野湾市の市長選挙

2016年01月25日 17時54分02秒 | Weblog

 大関の琴奨菊が優勝した。日本生まれの力士の優勝は10年ぶりというので、相撲ファンでない人も大喜びしているという。今日の中日新聞の1面は、賜杯を持つ大関の隣りで嬉しさに溢れて微笑む和服姿の新妻の手を、少し照れた大関がしっかり握っている写真だった。昨年夏に結婚したふたりは初々しく幸せに満ちている。「必ず優勝するから」と誓った琴奨菊、「輝いている関取を見て、惚れ直した」という新妻の言葉に頬が緩む。

 新聞もテレビも「次は綱取り」と期待している。2003年に貴乃花が引退してから日本人横綱は途絶えている。日本人の横綱昇進は1998年の若乃花が最後だけに、琴奨菊の2場所連続優勝に期待がかかる。朝青龍は強かったし、白鵬はさらに記録を塗り替えたが、モンゴル人というだけで何となく祝福する気持ちよりも妬みが漂っていたのはどうしてなのだろう。

 「国技」である相撲を世界に開放したのは相撲協会で、それで興行成績を維持してきたはずだ。それでもやはり、日本人横綱でなければ面白くないのだから困ったものだ。新聞の1面、琴奨菊優勝の隣りは、宜野湾市長選で辺野古反対候補が敗れた記事だった。沖縄の人々は米軍基地の撤退を望んでいる。もちろん基地で働いている人もいるから全員ではないが、観光業の収入が増え、基地に頼らなくても暮らしていける見込みが基地撤去へと向かったようだ。

 それでも街の中心に普天間飛行場のある宜野湾市の市民は、名護市辺野古への移設を進める現職の市長を支持した。投票率は68.72%で、5,857票差だが、負けは負けである。人は理想よりも現実を選ぶという証である。沖縄から米軍基地はなくしたい。けれど当面は無理なので、世界一危険な飛行場は移設して欲しい。目の前の利益を求めることをよそ者が批判するのはおこがましい。

 ただ、目の前の利益を求める思考と日本人が優勝してよかったという思考が一緒になると怖い。日本人の優勝を求める気持ちは愛国心につながる。目の前の利益と愛国心は結びつきやすい。そうなると巨大な渦になる。それはもう理想など口に出せない大きな圧力になる。「批判ばかりしていないで堂々と議論しましょう」、安倍首相の唱える土壌につながっていく。

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プレゼンテーション

2016年01月24日 18時13分28秒 | Weblog

 午後からのプレゼンテーションが終わり、仲間の3人とコーヒーを飲んで帰ってきた。今日の最高気温は3度だという。寒い。メールが起動しないので、せっかく友だちが作ってくれたパワーポイントを事前に見られなくて、慌ててしまったが、結果からすれば、素人らしくてよかったような気がするというのは、余りに敗者の自画自賛かな。

 市の市民活動推進事業補助金公開審査会が今日の正式名称だが、何とも仰々しいと思ったけれど、参加してなるほどと合点した。以前なら、行政が適当に補助金を配っていたが、それでは不公平が生まれるから透明性を確保し、本来の目的である市民のやる気を高めようと見える形にしたという訳だ。市民が主体といいながら、市民が行政の下請けをする構造からの転換である。

 もっと言えば、市の予算についても市民が決められる制度になるとよいと思う。「それでは議会が要らなくなる」と言う。私は議会など無くてもいいように思う。小さな単位にして、その地域で決めていく、そういう仕組みでいいのではないか。何も国会のような議会を地方に置く必要はない。地方自治法に議会の設置が書かれているから、今は仕方がないが、地域毎に住民が決めていくようになれば、法改正もあり得るだろう。

 市制10周年の部門には5団体が応募していた。どの事業提案も捨てがたく、どの事業がどのくらいの予算を計上しているかまでは私たちには分からないが、甲乙つけがたい気がした。市の説明では総額で100万円ということなので、5団体に均等割りでいいように思う。肝心なことは市民が企画し実行する市民主体の事業を行政は後押しすることで、優劣をつけることではない。

 市は企業から膨大な寄付金(一説ではすでに1600万円)を集めたと言われている。市としてもやりたいことはたくさんあるだろうが、市民活動の盛んな市にしていくためにも、出来るだけ市民活動を助成するようなお金の使い方をして欲しい。市民社会を成熟させていくために。

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市民社会の成熟に向けて

2016年01月23日 17時48分52秒 | Weblog

 天気予報通りにうす曇りの一日だった。午後3時頃には雪も舞ったが、すぐに止んでしまった。風はないが底冷えする。朝、西の空を見ると伊吹山に朝日が当たり、神々しいほど輝いていたが、いつの間にか空は雲に覆われて薄暗い。明日は市の補助金をいただくために、大和塾がどういう事業を行うか、プレゼンテーションしなくてはならない。大和塾の第50回市民講座に姜尚中先生を招く件だ。

 姜尚中先生といえば誰でも知っていて、「凄い人を呼ぶのね」となりそうなものだが、「誰?」と知らない人もいる。知っている人は諸手を挙げて賛成かといえば決してそうでもない。嫌いな人もいるし、反感を抱いている人もいる。みんながみんな、自分と同じであることはなく、だからこそ違う考えの人も拒否せずに受け入れなくてはいけない。安倍首相が「逃げずに憲法改正について堂々と議論しましょう」と野党に迫るのも、野党の側に「憲法改正ではなく、武力そのものを破棄せよ」と言える人がいないと見越しているからだ。

 60年安保改定を推進した安倍首相の祖父、岸信介首相は、安保の次に憲法改正による再軍備と軍事力の強化を目指していたが、実現には至らなかった。1957年に現行憲法下でも核武装は可能だと発言していたし、首相になって初めての正月、伊勢神宮に参拝するのが通例なのに、東海村の原子炉を視察している。原子力開発は「平和利用」の下で軍事力と結びついているからだ。岸信介首相は満州建設に情熱を燃やした人、いわば信念の人である。安倍首相は祖父を乗り越えたいのだ。

 大和塾の最初の頃の季刊誌を見ていたら気になる文章がいくつかあった。「今の日本はどこへ行こうとしているのか」「私たちは何を得て、何を失ってしまったのでしょうか」「イラク開戦の時、ひとりのアメリカの女子高校生が周りの圧力にも屈せず、反戦の声を挙げました。勇気ある行動に快哉を禁じえませんでした。市民の勇気ある行動も必要です」「最も必要なことは市民社会の成熟ではないでしょうか」。平成19年の発行のものなのに今も変わりない。

 歴史は繰り返されるけれど、元に戻るわけではない。新しい姿に変えて現れる。そうなるとやはり大事なことは市民自身が「成熟」することにある。受け入れ、議論し、見つけ出す、これが成熟社会だろう。

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個々の違いを認め合うことは出発点

2016年01月22日 17時50分30秒 | Weblog

 雪が溶けて、パンジーの花が再び現れた。雪に埋もれていたのに別に変った様子はない。野菜などは凍傷にかかるが、パンジーは元気だ。けれど、冷たい北風にさらされ、小刻みに震えている。寒い。風が肌を切るように冷たい。2月20日に行う、「昭和19年20年生まれの集い」の出欠を知らせる返信ハガキがなかなか来ない。31日が締め切りだから慌てることはないが、欠席ばかりが届くと少々焦る。

 3月5日と6日に、市の男女共同参画推進事業「とらいあんぐるフェスタ」が開かれる。「男女平等社会」という言葉が、いつの間にか「男女共同参画」に代わった。推進事業は国をあげて取り組まれていて、それぞれの自治体が様々な事業を行っている。私たちの大和塾も推進事業実行委員会のメンバーに加えていただき、その一環として市民講座を開催している。今回は、性同一障害に悩み、勇気をもって告白し、「自分らしく生きる」道を選んだ結城愛さんを講師に迎える。

 性の違いによる差別をなくしていくことを男女共同参画は目指してきたが、それだけではない、男とか女とかに分けられない「性」があることが最近では話題になっている。調査によると13人に1人が性同一障害に悩んでいるという。結城さんが幼友だちに打ち明けた時、友だちが「気が付かなくてごめんね。これからも愛は愛。ずっと大事な友だちだよ」と言ってくれた。それが彼女の支えになった。

 日進市では「個性としてのトランスジェンダー」というリーフレットを市内の小中学生に配布している。開くと、「1.いろいろな個性やいろいろな生き方があります。2.こころにも性別があります」とあり、「個性とは、顔かたち、行動、考え方がそれぞれ違うように、ひとりひとりが持っているその人らしさのようなものです。その人らしさを認め合うことが大切であり、からかうことも、いじめることも、いじめられることもあってはいけないのです」と説いている。

 個々の違いを認め合うことは重要な出発点だ。その上で、つながりをつくっていくのが民主主義社会の役割だ。人はつながりの中で生きている。つながりを失った時、自爆テロのように暴発する。つながりの中にしか幸せが存在しないからだ。寒風にさらされても花を咲かせているパンジーのように耐えなければならない時もある。

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