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ひとりで苦しむ人が入る労組から、連合会長立候補を模索した理由~鈴木剛・全国ユニオン会長に聞く

2021年10月21日 | 生活

何をもって政権と対峙するのか、対立軸はできているか

木下ちがや 政治学者

朝日新聞デジタル 「論座」 2021年10月20日

 「ひとりでもだれでもはいれる労働組合」をスローガンに掲げる「全国ユニオン」には、パートや派遣、雇用契約のない人や外国人労働者を含め、たったひとりで長時間労働やハラスメントに苦しんでいる人が入ってきます。
 連合の中では主流とはいえない組織ですが、全国ユニオン会長の鈴木剛さんは今回の連合会長選に、立候補を模索しました。どんな思いからだったのか。連合に何を望むのか。政治学者の木下ちがやさんが、鈴木さんにインタビューしました。
 連合は非正規、未組織労働者に大胆にアプローチする必要がある。新自由主義社会を転換するために政権交代が必要という大きいテーゼをたてるべきだ。連合が求める経済社会を前面にたてて衆院解散・総選挙に挑んでほしい……。
 鈴木さんはそう訴えています。

(論座編集部)

 鈴木 (すずきたけし)
 1968年生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。学生時代は無党派学生運動と早大雄弁会に関わる。仕事起こしの協同組合である労働者協同組合センター事業団を経て、2000年代に若年非正規労働に取り組むフリーター全般労働組合に関わる。2008年末の「年越し派遣村」の取り組みを経て、2009年より東京管理職ユニオン専従書記。現在、同執行委員長。全国ユニオン会長。著書に「中高年正社員が危ない」(小学館101新書)、「解雇最前線PIP襲来」(旬報社)、「社員切りに負けない」(自由国民社)。

 

はじまりは下町の組合。下請け工場の労働者を地域ぐるみで組織

 木下 鈴木さんが会長を務める全国ユニオン(全国コミュニティ・ユニオン連合会)とはどのような組合なのでしょうか。一般的に連合は、大企業系と公務員の組合が中心といわれるわけですが、全国ユニオンはそのなかでも異色の存在と言われています。どのような人を組織し、どのような活動をしているのでしょうか。

 鈴木 全国ユニオンは連合が結成された1989年よりあとの、2003年に加盟しました。いわゆる「コミュニティ・ユニオン」と呼ばれる労働組合運動のなかでは比較的新しい潮流から構成されています。

 1980年代、高度成長が終わり、雇用の非正規化がすすみ、女性のパート労働や外国人労働者が増加していました。当時の労働組合運動が正規の労働者しか組織化の対象を想定しなかったなかで、正規労働者ではなくても誰でも加入できる組合として出発しました。1984年に結成された「江戸川ユニオン」という下町の組合がそのはじまりでした。東京の下町にあるたくさんの下請け工場などパートや零細企業の労働者を、地域ぐるみで組織していったのです。その後コミュニティ・ユニオンの取り組みが広がるなかで、日本人男性正社員中心の従来の労働組合から見離された外国人や女性の労働者が加入してきました。

 日本の労働法制は戦争直後の占領下で制定されましたが、そこに規定された権利はアメリカ合衆国とは著しく異なりました。アメリカの場合、組合は職場の過半数代表をとっていないと団体交渉権がありませんが、日本の場合は一人でも団体交渉ができます。ですからコミュニティ運動が広がる前にも、総評時代から合同労組というものがあり、未組織だった膨大な中小企業労働者を、「全国一般運動」というかたちでオルグを配置し組織していました。これもコミュニティ・ユニオン運動の源流といえます。

 さらに総評が各都道府県に配置していた、地域単位の組合のセンターである「地区労」があり、これが地域ぐるみで中小企業労働者の組織化を支えていました。ですから私たちのコミュニティ・ユニオン運動はまったく新しくでてきたわけではありません。私が所属する全国ユニオンは、このコミュニティ・ユニオンが発展したものです。

派遣、パート、外国人、名ばかり管理職……最近では「非雇用」も

 鈴木 全国ユニオンはネットワーク型の組織である「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」がベースになっています。このベースになっているネットワークは1989年に第1回全国交流集会ではじまり、同年に結成された連合のなかに加わって、ディセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)や均等待遇を求めていくことを志向したユニオンが全国ユニオンを2002年に結成し、2003年の連合加盟に繋がりました。

 連合も同時期の2001年に「ニュー連合」として、均等待遇やパート・有期・派遣労働者に関する立法化など「社会的労働運動」推進を方針に掲げ、2003年には「連合評価委員会最終報告」の答申がだされ、「企業別組合の限界を突破し、社会運動としての自立を」と提言しました。そのこともあり私たちは2003年に連合に加盟しました。

 全国ユニオンの特徴はもちろん非正規労働者を組織しているということです。派遣労働者、パート有期契約の労働者、外国人労働者、さらには「名ばかり管理職」などの正社員だが組合に入れなかった人たち、最近ではウーバーイーツのような「非雇用」の人たちを組織しています。「ひとりでもだれでもはいれる労働組合」というのがスローガンです。もちろん支部を結成したり、職場の多数派をつくる試みもやっていますが、基本は職場でたったひとりでたったひとりの職場で 長時間労働やハラスメントに苦しんでいる人が入ってきます。

 木下 全国ユニオンの組合員数は3000人くらいでしょうか。

 鈴木 そうですが、さきほど話した「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」は80団体2万人を組織しています。そのうち連合に加盟する全国ユニオンに属しているのが約3000人ということです。

派遣法改悪にリーマンショック……労働運動に飛び込む

 木下 では、鈴木さんはどのような経緯で労働運動に入ったのでしょうか。2005年には連合会長選に全国ユニオン初代会長の鴨桃代さんが出馬し大健闘しましたよね。

 鈴木 私は80年代終わり頃に早稲田大学で無党派の学生運動をやっていまして、早稲田大学雄弁会にもいました。社会科学部は当時夜間部でしたので、在学中に短い期間ですが作家の立松和平さんが株主の会社でテレビの仕事をやり、「ザ・スクープ」などの制作にかかわっていました。そのあと15年ほど、昨年2020年に法制化された労働者協同組合(ワーカーズコープ)で仕事起こしなどをやっていました。

 きっかけになったのは2001年の9・11同時多発テロとアフガン・イラク戦争でした。世界的に反戦平和運動がひろがったときに、学生時代の仲間や新たに出会った人たちと反戦運動をやった。その運動のなかで非正規雇用問題への関心が高まっていったのです。小泉内閣で行われた派遣法改悪などをうけて、2003年頃から自発的に「フリーター全般労組」が結成され、「自由と生存のメーデー」という独自の集会とデモをやるようになりました。
「自由と生存のメーデー」で、日雇い派遣の若者たちもデモ行進した=2008年5月3日、東京都新宿区

 この「自由と生存のメーデー」に講師として参加要請したのが鴨桃代さんだったのです。連合会長選で106票をとった鴨さんをわたしたちのメーデーに呼ぼうという話になったからです。結局鴨さんは都合でこられませんでしたが、全国ユニオンのオルグの方が講師で来てくれた。それがつながりになり、私は2008年に全国ユニオンに加盟している「東京管理職ユニオン」の執行委員になり、2009年から専従になりました。

 木下 ちょうど2008年のリーマンショックの直後ですよね。

 鈴木 まさにそうです。すでに2006、7年頃には、人材派遣会社グッドウィルの違法行為が問題になっていました。破綻したリーマン・ブラザース系の投資会社に約60億円の負債を抱え出資していて 一方的に廃業を宣告した京品ホテルの労働者たちの自主営業を支援したりもしました。もちろん2009年末の「年越し派遣村」にもボランティアのひとりとして参加しました。このような時代情勢のなかで、安定的な仕事をなげうって労働組合運動に参加しようと決めました。
リーマン・ブラザーズ系投資会社に約60億円の負債を抱えて廃業した京品ホテルで、雇用継続などを求めて自主営業を続けていた元従業員らを東京地裁が強制排除。阻止しようと元従業員や支援者らがスクラムを組んだ=2009年1月25日、東京都港区

「パート女性が職場に行きたくない日は?」 鴨桃代さんの問いのインパクト

 木下 鴨桃代さんが連合会長選に出馬して、負けたけれども非正規問題を連合がとりくむきっかけになった。そうした流れができたときにリーマンショックがあったわけですが、その時の印象として「連合は変わった」という印象は受けましたか。

 鈴木 2005年に鴨さんが連合会長選に出馬したとき、僕は会場にはいませんでしたが、投票権は構成組合員の数できまりますから、そもそも全国ユニオンは1票しかないわけですよ。今年の連合会長選が行われていたとしたら、投票総数は501票です。そのうち最大産別のUIゼンセンは125票を占めます。あのときもだいたい同じで、鴨さんは500対1で負けて当然だった。でも106票を獲り、棄権も50票くらいありました。参加者によると投票結果発表のとき会場はどよめいたそうです。

 鴨さんは会場での演説で「みなさん、パート女性が1年で一番職場に行きたくない日を知ってますか? ボーナスの日です。正社員が朝からワクワクしている中で、パートは、同じ仕事をしているのにと心が揺れるのです。パートだから賃金が低くて当たり前なのですか? ボーナスがなくて当たり前なのですか?」と訴えた。

 この演説は大きなインパクトがあり、その場で心動かされて鴨さんに投票した代議員もいたそうです。
「なのはなユニオン」の事務所で労働者からの電話相談に応じる鴨桃代・全国ユニオン会長=2005年11月5日、千葉市中央区

党派を超えて取り組んだ貧困問題、政権交代に結びつく

 鈴木 これは連合の運動史でも大事なモメントで、非正規雇用センターの設置や反貧困運動につながることになります。さきほど紹介した2002年の連合の「連合評価委員会最終報告」 の内容は大変重要で、いまでも通用するものです。それを棚上げにしてはいけないという思いがありました。

 そして鴨さんと会長の座を争った高木剛会長(UIゼンセン・2005~2009年会長)も、ひろく社会運動にコミットして、新自由主義社会を転換させ、非正規労働者の組織化を重視する方向に大きく舵を切りましたし、政治との関わりでもかなり踏み込んで、2009年の民主党の政権交代に大きく貢献しました。

 木下 そうですね。当時は全労連や全労協など他のナショナルセンターも「年越し派遣村」を支えたり、貧困問題を一緒に取り組むという動きが党派をこえてありましたよね。そしてそれが民主党政権につながっていく。

 鈴木 まさにそうですよね。そうした運動の積み重ねが政治の動きと結びついて政権交代が起こった。

迷走した民主党政権、政治にも連合にも不一致や誤り

 木下 小泉構造改革以前の民主党は、自民党以上に新自由主義的と言われていたわけで、労働組合側からしても民主党の議員というのは公務員バッシングをやるような存在だった。みんな民営化を唱えていた。しかしその民主党が政権交代の段になったら「国民の生活が第一」に転換した。でも政権をとったもののなかなかうまくいかず、迷走することになりました。これは労働運動にどういう影響を与えたんでしょうか。

 鈴木 負のスパイラルに陥りましたよね。まず、民主党政権じしんが新自由主義に対決するというところで一致できなかった。周知のとおり「仕分け」をやりはじめた。いまも公務員系の労働組合の人も、「なんで自分たちをうまく使ってくれなかったのか」と怒りを抱いています。政権内に民営化、新自由主義をより推進しようとする勢力がいたからですが、もっと専門家のひとたちを尊重してほしかった。

 他方で連合のありかたも問題でした。「支援している民主党が政権に就いたのだから、圧力をかける対象にはならない」という姿勢をとった。それで交渉ではなく「協議型」に転換してしまった。

 これにはいろんな意見がありましたが、わたしは誤りであったと思います。たとえ支持政党であったとしても、労働運動は自立性をもつべきで、政治と経済には相対的な差異があるわけだから、政権を担うことでいろいろ調整しなければならないにしても、是々非々で政権に対して労働組合のナショナルセンターとして要求し、行動で示すことは必要だったはずです。もちろん政労使の協議は大切ですが、それ一本にしたのはよくなかったと思います。

 木下 民主党政権も半ばになったころに3・11の東日本大震災と原発事故がありました。以後、反原発や反安保法制の運動のなかから大規模なデモンストレーションが台頭しましたが、僕の印象は、それ以前はむしろ労働組合がそうした活動をやっていたというものです。それが入れ替わった感じがしますね。

 鈴木 後退していく。もちろん2015年に神津里季生さんが会長に就任し、そうした試みはなされましたが、十分にはやりきれなかった。

安倍政権下でもテーブルを蹴れない~政労使協議の隘路

 木下 民主党への失望から生まれた安倍政権は、国民的な支持が高いわけでもありませんでしたが、8年以上つづいてしまった。この安倍政権下での労働運動はどのようなものだったのか。さらに安倍政権末期からコロナ危機がはじまります。これが労働者にどのような影響をもたらしているのでしょうか。

 鈴木 民主党政権政権で連合が協議型に転じたのも問題でしたが、下野した段階で「要求と行動」という方針に戻るべきでした。しかし戻らなかった。協議型のまま維持してしまって、結局政労使協議の隘路におちこんでしまいました。それが今回の私の連合会長選立候補の模索につながりました。

 たとえば高度プロフェッショナル制度の導入についても、政労使協議で危うくボス交渉になりかけていました。 テーブルを蹴るということができないんですよね。「その枠組みから外れたらまずい」となって、つい譲歩案、譲歩案と流れてしまう。これまで連合は、「高プロは容認できない」というコンセンサスをつくっていたわけで、それを適正な手続きを経ないで覆すのは許せないと、全国ユニオンは政治生命を賭けてすべての産別に声明を送りました。それもあって連合中央執行委員会でも議論になり、相当数の地方組織や大きな産別からも高プロで譲歩するのはまずいという声があがり、食い止めることができました。こうした危うさが連合にはあるといわざるをえません。
拡大高度プロフェッショナル制度を条件つきで「容認」しようとした連合への抗議デモには100人ほどが集まった=2017年7月19日、東京都千代田区の連合本部前

 安倍政権は投票率も低く、支持が高かったわけではない。それに対してどのような対抗する塊をつくるのかが課題なわけです。野党共闘がまさにそうですが、柔軟な対応が必要だった。連合も時期によっては、たとえば厚労省前行動などでも、ナショナルセンターの違い、潮流の違い等で一緒にできないにしても、時間差でずらしてやるとかを、交渉役が汗をかいてやってきました。そうやって事実上運動を連動させてやるような経験はあるわけです。そうした経験を生かす政治的な能力や技術は、著しく低下したといわざるをえません。こうしたことが安倍政権の独走を許してしまった。

 そして安倍政権は、運動側の弱さもあり、保健所をはじめ公衆衛生の民営化をすすめ、ないがしろにし、直近にいらないものは切るというやり方が、この新型コロナ下での破綻をもたらしたわけです。これに対して連合は何をもって対峙するのでしょうか。「働くことを軸とした安心社会」という、北欧型の社会民主主義的スローガンを掲げているわけですから、それに沿った政権との対立軸をつくらなければならない。それができているのかがいま問われています。

労働者の8割が未組織。そこが無法地帯になり、貧困状態に

 木下 新型コロナ危機のもと、新自由主義的な政策や民営化はまずかったという世論が高まりつつあります。リーマンショックのあともそうでしたが、「小さな政府」はうけなくなってきています。他方で、昨年「エッセンシャルワーカー」という言葉が流行はしたのに、言葉だけでなにも対処されていません。結局自民党政権は、GOTOしかり、利権政治の範囲内でしかお金をまわさない。そしてシングルマザーやウーバーイーツのような新産業部門の労働者は置き去りになっている。全国ユニオンはそういうところに切り込んできましたよね。

 鈴木 全国ユニオンは厚生労働省折衝を毎年二回やっていますが、この1年半、新型コロナについては、雇用調整助成金などの取り扱いや範囲を広げるたたかいをかなりやってきました。

 全国ユニオンに加盟する「派遣ユニオン」の事例で言うと、プリンスホテルの交渉があります。コロナ8業種といわれる、ホテルや交通産業などはいま大打撃を受けている。ホテル業界には、「フリーシフト」という形で毎月毎月の出勤が不安定に変更となる労働者が多くいます。そういうひとたちに営繕などをやらせている実態があります。プリンスホテルだけでも3000人が「フリーシフト」で雇われている。こうした人たちは、コロナでシフトが入らなくなり、無収入になった。ところが、基本出勤日が定まってないということで政府の雇用調整助成金の「対象外」ということになる。

 派遣ユニオンに相談に来たプリンスホテルでフリーシフトで働いている方は、18年働き家族を養っています。経営側はこの人たちをまったくの無給で「自宅待機」にしてしまう。解雇もしないから解雇予告手当も受けられない。こんな状態が一年間もつづいていたのをうけて、全国ユニオンは厚労省折衝やプリンスホテル側との団体交渉をやり、厚労省に実質的な労働者と認めさせ、雇用調整助成金を適用させました。

 プリンスホテルは従業員規模が大企業並みで、中小対象の雇用調整助成金はあてはまらないという厄介さもありました。こうした2重3重の困難が新型コロナ下ではあります。

 大企業に働いているとはいっても、実際にはこのように不安定な地位に置かれているわけです。連合の構成産別の労働者を守るのも大事ですが、いまの日本の組合組織率は16%程度です。8割は未組織で、そこが無法地帯になり貧困状態が生まれている。それに対してナショナルセンターがどのように取り組むのかが大切なのではないでしょうか。

劣悪なアマゾンの労働環境、日本でも問題化

 鈴木 逆にウーバーイーツやアマゾンは、コロナ下でものすごい業績をあげている。しかし労働者の条件をよくする気はなく、常に一定数を解雇する人事政策を世界的にとっています。

 アマゾンは2009年のリーマンショックのときに、正当な理由がなく解雇を通告し、職場から締め出す「ロックアウト解雇」を世界各国で相当やっていました。さらにPIP(業務改善計画)という手法をとった。これは売上などの指標ではなく、協調性がないとか消極的といった抽象的な理由で従業員に改善を求めるというものです。通常の業務の他に課題が課されるため長時間労働になり、退職に追い込む手法としても使われます。このようなリストラ手法を編み出したのは、GEといわれていますが、私たちの下にはアマゾンで働く労働者からの相談が多く来ました。

 アマゾンは、毎年6%は辞めさせるというシステムをつくりあげました。2015年にニューヨークタイムスの一面で「アマゾンの非人間的労働」という特集が組まれました。ここにアマゾンの現役、退職者100人の労働者の記事が掲載された。そのなかには癌サバイバーの女性が就労拒否されたり、倉庫の仕事でストップウォッチでトイレの時間をはかっているなどの実態が暴露されました。アメリカ本社が世界中のアマゾンに指示をしてそれをやるので、日本でも同じようにやられる。それが日本でのアマゾン組合の結成のきっかけでした。
拡大アマゾン日本法人の労働組合が所属する東京管理職ユニオンの鈴木剛執行委員長(左)らが記者会見を開いて、労働環境の改善を訴えた=2015年11月4日、東京都千代田区

 アマゾン日本法人の弁護士事務所は最初はリベラルなところで、そこは交渉に応じるし協約もむすび、「日本の労働法制はアメリカと違う」などとアメリカ本社を説得もしていた。ですからトラブルはいったんは収まったのです。収まると組織化が止まるのですが、アマゾンはその法律事務所を解約したのです。そして2018年から19年ごろにかけて問題が再燃し、相談数が増えていきました。

簡単に切られる派遣労働者、日本では組織化に壁

 鈴木 アマゾンはコロナ下での莫大な収益向上で自信をもったわけですが、それに対して世界中の労働組合もアマゾンで働く人たちに戦略的オルグを展開している。

 アメリカでもナショナルセンターAFL-CIOに影響力を持つグループ「レイバーノーツ」などがオルグを展開し、保守的なアラバマ州でも組合結成選挙で接戦に持ち込むという成果をあげています。アマゾン社内では宣伝ができないので、組合活動家は会社をでたところにある信号待ちの時に社員にオルグするわけですが、当局はなんと赤信号の時間を短くしてまで阻止しようとしました。さらにはニューヨークの組合のリーダー二人を解雇しました。

 いまは世界的な連携ができます。日本のアマゾン組合員たちは英語が堪能なので、SNSを使い、各国の活動家と連絡をとりあっています。ただ、日本の場合はアマゾンの倉庫では多くの現業労働者が派遣会社から派遣されていて、すごく組織化をしにくい。これは連合の課題でもありますが、日本では派遣労働者は派遣元との雇用関係にあるので、簡単に切られてしまう。アメリカやヨーロッパだと組織化に成功し、職場の過半数をとれれば倉庫で働く100人、1000人単位で組織化できます。しかし日本はなかなかうまくいっていなくて、倉庫で働く労働者よりもどちらかといえばホワイトカラーの人が加盟してくる。こうした課題が日本の労働運動にはあります。

非正規が4割なのに労組役員は……。反映できない現場の実態

 木下 昨年論座に「新型コロナ危機が開く労働組合と政治のあらたな関係」という論文を書きましたが、日本では労働組合の集団的な声やデータを政治に吸い上げる力が弱い。連合もやってはいるが回路が弱い。そうなるとコロナ下での労働者の状態を政府が把握できない、対処もできないという悲劇を生んでいます。

 鈴木 労働組合はボトムアップで、困難な労働者の状況や声やデータを吸い上げていかなければならない。ナショナルセンターも、もう非正規労働者が全労働者の4割を占めているのだから、役員だって4割じゃなきゃいけないはず。そうじゃなければ正確な声は反映されないわけですから。もちろん連合内部の役員構成でそこまでやるのは無理としても、運動のなかでそういう実態を反映させていかなければならないと思います。

社会に発信できない連合に危機感。会長選挙はその好機

 木下 連合は転機にあります。政治でも労働界でも注目されています。神津会長は3期6年の長期政権の最後の2年間で、はっきりと「命と暮らしの政治」をうちだし、新自由主義に対抗するという姿勢を強めてきました。さらに神津会長の任期当初の2015年から野党共闘がはじまったものの、2017年には希望の党騒動で民進党が割れてしまいました。しかし2020年にはそれを修復して立憲民主党と国民民主党の合同に貢献しました。神津会長は労働運動が塊になって政治を支え、新自由主義に対抗していくことをはっきり示そうとした。しかし次期会長人事がなかなか決まらなくて、そこで鈴木さんが立候補しようとした。なぜそうしようと思ったのでしょうか。

 鈴木 1989年の連合結成以来、会長選挙の立候補期間を延ばすというのははじめての事態です。これは組織的な弱まりの結果です。

 私自身はいろいろ批判もあったが連合加盟を選択したのはよかったと思っています。分裂は望ましくなく、一致団結して積み上げてきたこれまでの方針を支持しています。たとえばエネルギー政策についても、ちゃんと読んでもらえれば「原発に頼らない社会をつくる」ということは電力総連も含めて確認しています。

 ただ、これまでなら有力な産別のリーダーが会長に名乗りを上げるのは当たり前でした。しかも菅政権は、コロナ患者を自宅で放置しているような状態のなかで有効な手がうてず、国民の支持が低下している。そんななかで、新自由主義を決別することを掲げる連合が発信をしなければならないのに、それができない状態にあることに危機感をもったから、連合会長選に立候補しようとしました。

 木下 連合の問題のひとつは発信力の弱さですよね。もちろんデマや無理解もありますが、自分たちの存在意義や活動を社会に発信していく努力が足りていません。ですから僕は、今回会長選に鈴木さんが出馬し、勝ち負けはともかく論戦を交わすことで世の中にひらいていくのは望ましいとおもいました。

 鈴木 社会に発信するチャンスですよね。

芳野連合新体制に期待すること

 木下 でもそれが功を奏したのか、JAM(ものづくり産業労働組合)の芳野友子さんが会長に名乗りをあげました。

 鈴木 JAMは移住労働者外国人問題もよくやっていますよね。

 木下 連合新会長が女性であることも画期的ですが、JAMは中小企業の労働者を組織しています。そして1999年に旧総評系の全国金属と旧同盟系のゼンキン連合が合同し結成された産別です。まさに連合の象徴のような産別であり、かつ政党では立憲民主党に軸足をおいています。

 鈴木 JAMの安河内さんという若い会長は、2020年末に私たち全国ユニオンが開催した「年越し支援・コロナ被害相談村」にもきて相談員をやってくれましたよ。
連合の新体制が発足。(左から)清水秀行事務局長、芳野友子会長、松浦昭彦会長代行、川本淳会長代行=2021年10月7日、東京都千代田区

 木下 芳野友子さんの会長選出によって、女性の組合員からも喜びの声があがっているそうです。鈴木さんは芳野連合新体制になにを期待したいでしょうか。

 鈴木 連合において初の女性会長となる芳野さんが中小企業での組織化に取り組むJAMから選出されたことは歓迎しています。いまの経済社会は自公政権にズタズタにされました。連合はこれに対抗する必要があります。非正規労働者は40%いますが、連合はまだまだ組織できていません。非正規、そして8割の未組織労働者に大胆にアプローチする必要があります。

 新型コロナ下では派遣法などの問題が明らかになっています。社会運動のなかでの労働運動をさらに育てなければならない。そのためにも地域にめくばせをしなければならない。

 今、地方に配置しているアドバイザーが電話一本で労働相談を受けられるようにしていますが、それを中央に集めようという動きがあります。その相談の一次処理をAIでやろうとする動きがある。私はそれだけではだめだとおもう。確かに多言語対応や基本的なQ&AについてAI処理できることは良い点です。しかし、切迫して複雑な労働相談は、AIでは無理です。また、組織化できそうな相談だけをピックアップしかねず、困難な個別事案を置き去りにする心配があります。

 いまの新型コロナ下の貧困、労働問題は複雑骨折のようなものです。「コロナ被害相談村」のとりくみで明らかになったように、労働問題の専門家だけでは対応できない。医療や、場合によってはただちに生活保護の申請が必要になります。ソーシャルワーカーや法律家の助けもいるし、仕事が欲しい場合にはワーカーズコープなどとの連携も必要です。女性の場合はDVやシェルターの問題もある。そういう横の連携がいまは必要で、そして地方は地方で課題があるわけだから、中央集権ではなく地域で蓄積しているネットワークや経験を生かしていく必要がある。
公園の出入り口に掲げられた「年越し支援・コロナ被害相談村」の幕=2020年12月29日、東京都新宿区

 もう一度ナショナルセンターとして、「要求と行動」の原則に立ち返るべきです。自公政権に対峙し、労働者の実態を突き付けることができるのは連合だけですから、対決型の大衆行動や国会前の行動、厚労省前の行動や各都道府県でのアクションを展開すべきだし、政治においても新自由主義社会を転換させる、そのために政権交代が必要であるという大きいテーゼをたてるべきです。連合が求めている経済社会を前面にたてて総選挙に挑んでほしい。

ボトムアップ型で、自立性をもって政治にコミットを

 木下 労働組合は政治の道具ではない。あくまで働く要求が一致点で、思想信条いろいろな考えの人が組織されている。要求を実現していくうえで政治がなぜ必要なのかを改めて問うならば、あの希望の党騒動のような政界再編劇を繰り返してはならない。だからこそ野党は働く人たちの声を聞いて前を向いて闘わなければいけないとおもいます。

 鈴木 実態、政策、あるべき社会像、これらを掲げ、ボトムアップ型で相対的な自立性をもって政治にコミットしなければならない。変な権謀術数にはまってはならないと思います。

 木下 連合のなかでのそれぞれの時代のいい部分を継承しながら発展させていく。「命と暮らしを守る政治」をやっていくことが必要ですね。

木下ちがや(きのした・ちがや) 政治学者

1971年徳島県生まれ。一橋大学社会学研究科博士課程単位取得退学。博士(社会学)。現在、工学院大学非常勤講師、明治学院大学国際平和研究所研究員。著書に『「社会を変えよう」といわれたら」(大月書店)、『ポピュリズムと「民意」の政治学』(大月書店)、『国家と治安』(青土社)、訳書にD.グレーバー『デモクラシー・プロジェクト』(航思社)、N.チョムスキー『チョムスキーの「アナキズム論」』(明石書店)ほか。


 またまた長い記事になってしまい申し訳ないです。この記事は(上)(下)になっていたのですが選挙戦も始まり明日はどのような注目記事が出てくるかわからないので、今日まとめてアップさせていただきました。