『さまよう刃』という実に美しいタイトルをもつこの作品は、凶悪犯罪におよんだ不良どもを、被害者の遺族が、警察の目を盗んで成敗しようとする物語である。その点で、今年前半のヒット作『重力ピエロ』にも相通じる世界であり、法によらない私的な仇討ち、つまり〈私刑〉というものに対する驚くほどの寛容さを見せている。
たった1人の愛娘が、変わり果てた姿で白布を被せられ、警察署の霊安室に横たわっている。犯人は未成年。現行の少年法では、この凶悪な性的異常者にも極刑は望めない。
「だから法に代わって、父である私が命をかけて極刑を下すのだ。」
市民の同情を得やすいこの仇討ち動議によって、主人公(寺尾聰)が連続殺人鬼の汚名からあらかじめ赦免されている事態は、決して好ましいものではない。「何をグズグズしているか。寺尾聰よ、早いところ、あの虫けらどもを始末してしまえ」という短気な観客の声が劇場内にこだまするかのようである。
『さまよう刃』の画面は、神秘的なゲームの一種として〈私刑〉と戯れてみせた『重力ピエロ』のようには、ポップな浮遊感覚に身を任せることもなく、かといって復讐のカタルシスに酔うこともない。Ch・ブロンソンの “デス・ウィッシュ” シリーズのごとき通俗アクションを撮ることは、苛酷な現代世界ではもはや、時代錯誤の振舞いでしかないことを自覚しなければならない。この物語を映画化した製作者たちは、そのことを自らに言い聞かせながら、フィルムを回しているように思えた。
丸の内TOEI 2他、全国で上映中
http://yaiba.goo.ne.jp/
たった1人の愛娘が、変わり果てた姿で白布を被せられ、警察署の霊安室に横たわっている。犯人は未成年。現行の少年法では、この凶悪な性的異常者にも極刑は望めない。
「だから法に代わって、父である私が命をかけて極刑を下すのだ。」
市民の同情を得やすいこの仇討ち動議によって、主人公(寺尾聰)が連続殺人鬼の汚名からあらかじめ赦免されている事態は、決して好ましいものではない。「何をグズグズしているか。寺尾聰よ、早いところ、あの虫けらどもを始末してしまえ」という短気な観客の声が劇場内にこだまするかのようである。
『さまよう刃』の画面は、神秘的なゲームの一種として〈私刑〉と戯れてみせた『重力ピエロ』のようには、ポップな浮遊感覚に身を任せることもなく、かといって復讐のカタルシスに酔うこともない。Ch・ブロンソンの “デス・ウィッシュ” シリーズのごとき通俗アクションを撮ることは、苛酷な現代世界ではもはや、時代錯誤の振舞いでしかないことを自覚しなければならない。この物語を映画化した製作者たちは、そのことを自らに言い聞かせながら、フィルムを回しているように思えた。
丸の内TOEI 2他、全国で上映中
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