荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ』 リサ・インモルディーノ・ヴリーランド

2012-12-29 17:35:00 | 映画
 雑誌「ヴォーグ」の編集長などをつとめ、50年にわたってアメリカのファッション業界を牛耳ったモードの女帝ダイアナ・ヴリーランド(1903-1989)の晩年に収録されたインタビュー音源をベースにして、写真、過去素材、関係者インタビューなどをせわしなく切り貼りしたドキュメンタリー。特筆すべき出来というわけではないものの、じつに楽しそうに作っている。
 おもしろいのは、監督のリサ・インモルディーノ・ヴリーランドというイタリア女性が、姓にヴリーランドが付くことからわかるように、ダイアナの孫と結婚し、ヴリーランド家の一員となった人物であることだ。大学時代に「ハーパース・バザー」「ヴォーグ」のヴリーランドが創る誌面に魅了された彼女は、ラルフ・ローレン・イタリアを手始めにみずからもファッション界に身を置きつつ、敬愛するダイアナ・ヴリーランドについてのドキュメンタリー製作を夢見ていたそうだ。
 孫の配偶者となったことで彼女は、ヴリーランドに関するアーカイヴに制限なくアクセスする権利を得ただろう。まさか、この映画を作る野望を果たす目的で孫と結婚したのだろうか、などと嫌らしい推測までしてしまったが、それが人情ではないか。
 女帝のずいぶんと大げさな饒舌が、作品を躁状態にたもつ。自慢ばなしの連打に付き合いつづける観客は疲れを禁じ得ないが、彼女をモデルにした登場人物が出てくるスタンリー・ドーネン『パリの恋人』(1957)、ウィリアム・クライン『ポリー・マグー お前は誰だ』(1966)、そして彼女がぞっこんだったというジャック・ニコルソン主演の『チャイナタウン』(1975)のフッテージがごくわずかに使用されている。映画ファンとしては、オアシスに辿りついたかのごとくほっと息をつく。


シネマライズ(東京・渋谷宇田川町)ほか全国で順次上映
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京五山の旅路(2)

2012-12-27 18:47:05 | アート
 日本古来の文化、伝統の品を見ていつも思うのは、ここには普遍へ向かう意志など露ほどもなく、はじめからアバンギャルドなもの、オルタナティヴなものが当然のように志向されていることだ。「何をいまさら」と人は言うかもしれないし、自分でもそう思うが、何かにぶち当たるとまたそう思わざるを得ない。縄文の土偶を見たら、誰もが似たようなことを考えるのではないか。
 相国寺は日本でも最高位にあるような格の禅寺で、ここの展示室で夢窓疎石や絶海中津(ぜっかい・ちゅうしん 1334-1405)の墨蹟と対峙することと、20世紀に重森三玲が住んだ旧邸の佇まいにみずからの身体を置いてみることのあいだには本当に違いというものがなく、ようするにどっちも変なのである。しかし、だいたいはそこまで考えて、こんなふうに思うことじたいが野暮なことのようにも思え、そのままとするのが常である。
 京大正門前からほど近い重森三玲旧邸の拝観は予約制で、指定された時間までに集合しなければならない。その代わりに、孫の重森三明氏のくわしい説明とともに時を過ごすことができる。終了後、三明氏と二、三しゃべることができた。「中川幸夫らが参画した勉強会がおこなわれたのはやはり…」「この部屋ですよ」。うーむ、そうなのかと感慨ひとしおである。軒先に雑誌「なごみ」の今年9月号の見本があったのでぺらぺらとめくってみた。三玲を特集した誌面では、いま目の前にいる三明氏がずいぶんと活躍している。1冊購入し、礼を述べて邸を後にした。
(写真は結界の止め石)

京五山の旅路

2012-12-26 01:30:06 | アート
 たわむれに京都に来ている。
 師走の五山で詩文書画に出会いたく思い、貧乏暇なしの短き休みを利用して東海道新幹線に乗ったのである。まずは祇園・建仁寺にて俵屋宗達の風神雷神図屏風(複製 本図は京博に寄託も改築中にて休館中)を見てから廊下の四辺を巡りながら海北友松「琴棋書画図」「山水図」「網干図屏風」などの襖絵を見る。西日の当たる廊下が吹きさらしにもかかわらず温かい木のぬくもりである。
 四条花見小路にて自動車を拾い、東山南の東福寺へ。重森三玲の作庭になる名高い方丈庭園の正面に眺めうる急斜面の切り立ちに目を凝らし、通天橋を渡った。

 宿にて一休みののち、「櫻川 木屋町」にて夕餉。河豚の煮凝、唐墨、穴子と蕪の吸物ほか諸々ののち、こっぺ(松葉蟹の雌)がひどく絶品である。干し柿のアイスと金柑ソース、百合根の菓子で締め。飲み足りず、高瀬川沿いのオーセンティック・バー「S」にてディジェスティフ3杯ほど。あとは大人しく宿に戻る。
(写真は建仁寺・東陽坊の内部)

東京・下町のアルザス料理

2012-12-23 23:21:48 | 味覚
 日曜祝日のきょうのような日は旨いものを食べるにはどうしたらいいのだろう?
 日曜祝日も営っている浅草橋のフレンチ「G」へ歩いて向かう。ここはめずらしいアルザス・ロレーヌ地方料理を専門とする店。J.L.ゲリン監督の『シルビアのいる街で』の舞台となったストラスブール(ドイツ語名でシュトラースブルク、アルザス語名ではシュトロースブーリというらしい)がこの地方の中心都市だ。アルザス特産の白をいただきながら、鴨と雷鳥のパテ、それから大盛りのシュークルートをやっつける。最後はマール酒のグラッセを平らげつつ、濃厚なマールで締めた。
 帰りも歩いて帰宅。成瀬『流れる』の舞台としてお馴染み、柳橋(左写真)を渡り、真冬の冷たく黒い水が神田川から隅田川へと流れこむ三叉を眺めて、墨堤(隅田川の河畔を墨堤と呼ぶ)に至る。墨堤の遊歩道(右写真)を、コートのポケットに両手を入れながら下流へととぼとぼと歩いていき、新大橋の橋下をくぐって帰宅の途につく。東京という街はこんな時、最高の顔を見せてくれる。

古代の四川

2012-12-22 21:47:56 | アート
 日中国交正常化40周年を記念して開催されている東博・平成館(東京・上野公園)の特別展《中国 王朝の至宝》に出かけてみたが、尖閣諸島領有問題の影響か、場内はかなり空いている。おかげで落ち着いて見られたが、一級文物(日本では国宝にあたる)がずいぶんと持ちこまれている機会だというのに一抹の淋しさはある。
 歴代王朝の文物を時系列にそって展示しているが、古代の殷周時代にかけては玉器、青銅器に目のない私のような輩には不意をつかれる面白さがあった。ご存じのように殷も周も中原(黄河中流域 現在の河南省あたり)で栄えた王朝だけれども、その後の春秋戦国時代を挟んで秦の始皇帝が統一を果たすまでは全土的な支配が確立されていない。にもかかわらず私たちは「殷周時代の美術は」などとかんたんに考えてしまう。教科書教育の限界でもある。
 殷周の同時代、広東省あたりは、四川省あたりはどうなっていたのだろう? 今回の展示では、古代の四川地域を支配した「蜀」という王朝の文物を見せて人目を引く。『三国志』に出てくる劉備の蜀とは別物。これよりもっと遙か1000年以上さかのぼる「蜀」である。黄河文明の文物とは似ている点もあるし、まったく別物でもある。「これも中国なのだな」そう感じさせる。
写真= 東博の前庭(筆者写す)


東博・平成館(東京・上野公園)で12/24(月・休)まで
http://china-ocho.jp