まるぞう備忘録

無題のドキュメント

右コーナー。善人を守る二人の天使。

2021-11-05 09:47:56 | 陰と陽の理論

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5日。新月大潮。


TEC(Total Electron Content=※電離層の全電子数)異常
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自分で抱え込んじゃいけないサイン。

右コーナー苦手の方=自分を責める癖の方。
人生が苦しいと感じる時があれば、責任感と罪悪感がギュウギュウとあなたの心を締めているのが原因かもしれない。

でもいきなり
・やめます。
・逃げます。
という宣言は出来ないのは当たり前でしょうから、まずせめてこの状態に当てはなるかどうかをみてください。

□ 集中力が低下したり物忘れが多くなったりする。
□ 失敗で頭がいっぱいになって自分を卑下するようになる。
□ 自分なんて意味ないと思ったりする。
□ 朝起きるのが辛くて時間にルーズになる。
□ 好きだったものも全然楽しめなくなる。
□ 夜眠れなくなる。
□ 人と会いたくなくなる。
□ 感情の起伏が激しくなって急に起こったり泣いたりする。

そしてたくさん当てはまるようなら、どうか第三者に相談してください。やめます。逃げます。は宣言できなくても、相談することはできるでしょう?

どうかよろしくお願いいたします。

電話が敷居高いならSNSでも相談できます。よろしくお願いいたします。

厚労省「こころの耳SNS相談」
https://kokoro.mhlw.go.jp/sns-soudan/



心の傷を静かに癒やす心の治癒力=二人の天使。

そして、今はもう問題ないけれど、過去心に傷を受けた方に。こういうお話が参考になるかもしれません。
それはある未開の社会に伝わるお話です。

二人の天使が善人を守る。という彼らの言い伝えです。

天使といっても我々が想像するような天使なのか、精霊とかご先祖様の霊などに近いかもしれないです。
そして心が傷ついた人には、すぐに二人の天使が現れて、その人の傷に寄り添う。言われているそうです。



あなたに寄り添う天使。

一人は癒やしの天使。
その人の心の傷を治す役割です。

私達の身体には自然と傷を治す働きを持っています。肉体に自然治癒力があるのなら心にも自然治癒力があって当然です。

深い傷ほど治るのにはちょっと時間がかかるかもしれません。
しかしそれは必ず治ります。

彼らの言い伝えでは、深い心の傷であるほど、高位の天使が遣わされるということです。

私達の身体が重症や重病になった時は、ただひたすら入院してゆっくり休むことが必要なように。
私達の心が大きな傷を負った時は、やはり静かに休むことが必要。

その時、本人は気づかないかもしれませんが、傷を負った心のそばには、必ず癒やしの天使が寄り添っています。と彼らの言い伝えです。



逃げ得は決して許さない。必殺仕置天使。

もう一人の天使は裁きの天使です。
その傷つけた相手に相応の報いを与える役目の天使です。

その相手にまだ善い心が残っている時は、生きているうちに相応の報いを体験させることになります。
その人は生きているうちに「私は相手の心を傷つけて悪かった」と心から悔いるように導く天使です。

ただ相手の善き心が薄い場合、その裁きは死後に持ち越されると言います。
そのため、その裁きの天使とは我々が想像する閻魔大王にも似ているかもしれません。

あなたが知らないところで、きっちり帳尻を合わせる。必殺仕置天使は本当にいるんだよ。



このお話は架空の言い伝えだけれど本当だよ。

今はもうその相手からは安全な場所にいるけれども、やはり過去の傷がまだ時折疼くという場合は、この二人の天使のお話を思い出していただきたいと思います。

このお話は人生の真理をついていると私は個人的に思います。



癒やしの天使に触れる魂は神様に近づく。

そうそうこのお話にはこのような内容もあるそうです。

癒やしの天使に癒やされた魂は、前よりも一段神様に近づく。

多分これは、心の傷から立ち直った方は、更に人の痛みがわかる、弱い立場の人の心がわかる、そのように神様に近づく魂となる。そのような意味ではないかと思います。

癒やしの天使によって傷は癒える。その傷が癒えた時、その人の魂は一段神様に近づく。

これも良いお話だなあと思います。



二人の天使があなた(善人)を守る。



つづく




おまけ(読者の方によって教えて頂いたこと)
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今の記事と少し離れてすみません。傷は負わない方がよい。危ない相手にはキチッと対処する。あわせて傷を負った自分への対処を忘れていないかなと。疎かにしていないかな。他人のせいじゃなくて。自分でする事。何故かこれが一番難しい気がする私でした。

→ 誰しも幸せになりたい。運が良くなりたい。と願うと思います。

運が良い人というのは、二人の天使にお任せする人であると思います。二人の天使が善人を守るのですから。

運の悪い人は、二人の天使を信じることが出来ず、自分で恨みを抱え込む人です。

どちらを選ぶかは、生きている私達の自由意志です。

注意)私はこの文章を読む方全員に「過去の恨みを手放せ」と主張しているわけではありません。それは一人ひとりの自由意志です。生きている短い間の。

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相手を責めない、自分も責めない、
どうすれば良くなれるかを一緒に考える

→ コメントありがとうございます。右コーナー左コーナーの達人ですね。

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結局、答えは自分しかわからないのですよね。(できれば 選択を間違えたくはないですが。)

→ 誰でも、心の奥底のおひさまにその答がある。というのが私の心の風景でございます。



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自己治癒など考えていました。ふと、この空海の美しさと同じようになりたい。なれるのだろうか。感傷的になりました。人心乱れ、不当な暴力にさらされるやも知れぬ世の中になってきたこの頃。強く生きたいです。

→ ご指摘のように自分の身を守る注意深さは更に求められる時代になっていくと思います。

人から傷つけられる言動を受けることも、自然の災害を受けることも、事前に想定して備えておくことで小難になるのは共通していると思います。

よろしくお願いいたします。

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コメントしようかと迷っていました。
右コーナーと左コーナーが同時並行に存在する可能性があるなと思っていたので、今日の内容を読み、振り返ったり考えたりしてみたいと思います。

→ 他人を責めている人、他人を許さないとしがみついている人。この人の実体は、実は自分を責めていること、自分を許さないとしがみついていることである。

右コーナーと左コーナーというのは言葉の方便たとえであります。

右コーナー苦手:自分を責める癖の人
左コーナー苦手:他人を責める癖の人=(他人を責めているようにみえて実は)自分自身を傷つけている人

という私個人の心の仮説です。

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授業のように落ちこぼれが出ないのが大事なのではなく、伝わる人には伝わるとか、誰か一人でも救えたら良いとか、多くの記事の中で何か一つ二つ自分のためになることがあるとかの場、なのではないかなと思います。

→ コメントありがとうございます。

確信犯で他人を責めている人はもう自己責任で仕方ないかなと思っております。
それより、この泥沼、自分自身を救いたいのに、どこを手がかりに沼から抜け出たら良いかという方、その方100人のうち一人でも手が届くことがあるのなら。

2020年2021年は、身体に感染する悪意のウイルス&ワクチンが流行した時代でありましたが、同時にこれからは心に感染する悪意のウイルスが流行する時代かも。その流行に備えて、

・人々の心に感染する悪意のウイルスがあるということ
・誰が(どういう人が)そのウイルスをばら撒いているかということ
・そうなった時、私達はどうやって自分の心の免疫力で心を守るかということ

心のウイルスの考察は、この右コーナー左コーナーシリーズの答に続かもしれません。
そしてそれは今回のこのシリーズで、どうしてコメントが(時には)荒れたままになっていることがあるのか。というのも伏線になるかもしれません。

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自分が悪くても謝らない方は居ますね。
面子のこだわる方など、もっともらしい言い訳を駆使して、自身の正当化を試みたりします。

→ あとできっちり負債を払うこととなるので、私は怖いな〜。と思ってそういう方々を観ております。(私の個人的な心の風景なのであてにならないですが。)

自分の非を認めずに、相手が悪いとお互い永遠に非難しつづけるマウントし続ける修羅の人たちばかりが集まる、修羅の世界ですね。

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「事件なら解決してから」被害者意識を持つなというのことです。法曹界も警察も完璧でないのだから。立場や金銭事情や証拠次第で訴え起こせない人もいますよね。

→ 私は善人を守る二人の天使を信じます。

ただしこれは未開の人達の言い伝えであり、私の心の妄想なのでみなさんに信じろと主張しているわけではありません。

まずは社会の正義に訴えること。
それでも漏れる悪は、粗にして漏らさない天網にお任せします。

しかし天網はあてにならない信じられないと主張される方を説得する意図はありません。

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まるぞうさんはタフだとご自分で言われてましたが、ご自分の言わんとする事を誤解されて指摘されるのはやはり魂レベルでは傷ついていないでしょうか。議論に労力を使われ本業に少しでも影響がありません様にと勝手ながら心配しておりました。

→ コメントありがとうございます。
おかげさまで仙豆があるので大丈夫です。

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有名な5俵担ぎ
今で言えば、観光用のヤラセ写真です。

→ 情報ありがとうございます。次のような証言があるようですね。
写真については、「山居倉庫に飾っているモノクロ写真の一コマ」とあり、
インタビューに答えているのは、「阿部ナヲ江さん(70才)」とあり、記事中にその女性が次のように話している箇所があります。
「実は二俵はもみがらが入っていたんです」
「あくまでも観光用の写真撮影だったんです」
山形新聞 昭和59年9月29日(土曜日) 朝刊 10面 庄内版


二俵はもみがらってことは実質三俵か〜い。180kg重。

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>西洋化の弊害というべきなのか。日本人は本来の身体の使い方を、思い出すべきなのかも知れない。

素晴らしい着眼点です。

このコメントは不掲載にして頂いて
次回の返信コーナーで
直接まるぞうさんの
ご意見を伺いたいです。

→ ナンバ歩きのように日本人の身体の軸の使い方は現代より優れていたと思います。

ただ今は単純に右手と右足を同時に出す歩き方のように伝わっていて残念です。
相撲の型や能の所作などには残っていると思います。

これからの日本人が将来それを思い出すのか、どれほど思い出すのかというのはよくわからないです。

腸内細菌免疫力と心の免疫力がまず次の世界だと思います。

「(表面は)他人を責める=(実体は)自分を傷つけている」というウイルス拡大で心を病む人達の時代となるかどうかが私が思うところであります。

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叱られ上手、落ち込み上手、そして失敗しても立ち直り上手な人の考え方は、自分を底まで追い詰めない加減の出来る人なんだなあと思います。
他人に対しても自分に対しても、この世の中で、加減が分かる様になるというのも勉強だなあと思います。

→ コメントありがとうございます。
人生苦しい時は、自我のはずみ車を逆に回しなさいというサインだと思います。

時には右回しに、時には左回しに。
峠道に合わせて、自我の思い込みとは逆方向に柔らかくほどく人が達人であると思います。

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主人はカーブが続く山道をビューっと走るのが好きなのですが、私はこわいです。前方のクルマがノロノロ運転だとイライラして罵声を浴びせるのもこわいです。ゆっくり景色が見られていいじゃんって思います。

→ 同乗の方に怖い思いをさせるのでは失格です。
ご指摘のようにドライブはゆっくり景色を楽しみながら運転するのが一番です。

右コーナー左コーナーはたとえとして上げましたが、現実の峠道ではそういう走りを挑戦する時代ではないと思います。あれは昭和の時代の走りですな。

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