日本人の「水に流す」を過大に自分に都合よく解釈して、さも当然な顔で「無いことにする」は品のなさにもつながる。
周囲の総意に「流そう」なる寛大を養生した、コミュニティ全体の底上げがかなった概念のはずで、言い逃れの、矮小な自己弁護の言い回し程度のものじゃ無いはず。
で、無いと、品のない言い草に落ちぶれてしまうし、ひいては日本語の軽視に落ち込む。
自分の言い分を貫いて、他者は貶めるなんてな矮小なものでは断じてない。
品の無い、底の透けた連中がずいぶん増えた。
「動物のエサ」を食べて飢えをしのぐ。子どもが餓死…。ガザで広がる「壊滅的飢餓」。日本政府も緊急食料支援
こんなの人為的に起きている飢餓に世界は今、手をこまねいた。
この事実で、以後人生を賭する動機とする世代を生み出している。
世界がそう手をこまねいた。
主犯格たちが罰せられぬことがあってはならない。
飢餓で亡くなった者の無念を無碍にしてはいけない。
21世紀に飢餓で死んでいってる。