水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

サスペンス・ユーモア短編集 -4- 石の上にも三年

2025年03月06日 00時00分00秒 | #小説

 定年が間もない捜査二課の係長、谷底(たにそこ)は今年で奉職40年のベテラン刑事だ。生憎(あいにく) 、出世には縁遠かったが、それでも二年前、ようやく警部補に昇任し、満足している・・といった程度の男だった。当然といえば当然だが、それまで巡査部長の身で若い係長の坂木に顎(あご)で使われていた鬱憤(うっぷん)からか、最近は部下の新任刑事、百合尾(ゆりお)を、逆に係長として顎で使って鬱憤を晴らしていた。その谷底がここ数年、はっきりいえば昇任試験に合格した直後から難事件に遭遇していた。かなり大規模な贈収賄事件の捜査である。相手はしたたかな実業家、石田だった。当然、税務署のマルサとの競合もあり、トラブルにならないよう情報面の連携は密(みつ)にしていた。
「かれこれ、三年になりますが、やつは、なかなか尻尾(しっぽ)を出しませんね、係長」
「ああ、そうだな…」
 谷底は係長と呼ばれた響きに酔いしれながら、石の上にも三年か…というウットリ気分で小さく返した。谷底と部下の坂木は公園の石畳の上に備え付けられたベンチに座って石田邸を見下ろしていた。張り込みには格好の場で、ほとんど毎日といっていいほどここで張り込む二人だった。
「係長、知ってますか?」
「なにを?」
「どうも、捜査本部が解散らしいですよ」
「まあ、だろうな…。さあ! 今日はここまでにするか…」
 谷底は長引いた捜査をふと思い、諦(あきら)め口調で呟(つぶや)いた。が、内心ではもう一度、係長と呼んでくれ! とウットリしていたのだった。そんな谷底の気持を知ってか知らずか、石田が動いた。石田を乗せた高級車がガレージを出たのである。
「オッ!!」
 二人は俄(にわ)かに色めきたった。
「どうします?! 係長!」
「馬鹿野郎! 訊く奴があるか。行くぞっ!」
 口で怒った谷底だったが、心はウットリ和(なご)んでいた。二人は走って覆面バトカーに飛び乗った。ペンチから立ち上がった二人のズボンの尻(しり)には、苔(こけ)がビッシリと張りついていた。

                         完


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サスペンス・ユーモア短編集 -3- 消えた竹輪(ちくわ)

2025年03月05日 00時00分00秒 | #小説

 庶民的な話である。
 山辺は竹輪(ちくわ)をツマミにしてチューハイを一杯やるのが好きな典型的な親父(おやじ)タイプの男だった。ツマミの竹輪に山辺は一種独特のこだわりをもっていた。少し焼き、開いた穴にマヨネーズをグニュ! っと絞り入れ、それをウスターソースに軽く付けて味わうというものだ。その山辺が休日のある日、いつものように楽しみにしていた竹輪を冷蔵庫から出そうと、イソイソとキッチンへ現れた。ところが、この日にかぎり、冷蔵庫の中にはなぜかいつもの竹輪が入っていない。山辺の記憶では数袋は買い置きしていたはずだったから、これは消えた・・としか思えなかった。家族の者が食べたとしても、数袋を全部食べてしまうとは考えられなかった。消えた竹輪事件である。山辺はさっそく、捜査を開始した。まずは目撃者の割り出しである。この日は日曜だったから、皆は…と、山辺は家族のアリバイ[現場不在証明]を調べることにした。
「なに言ってるのよ! 私は深由(みゆ)と買物に行ってたでしょうが…」
 山辺が訊(たず)ねると、妻の香住(かすみ)はあなた知ってるでしょ! とでも言いたげな口調で返してきた。
「ああ、そうだったか…」
 とすれば、残るは山辺の父で去年、卒寿を迎えた彦一だった。アレは怪(あや)しい…と刑事癖が出たのか、山辺は自分の父親を内心のタメ口で疑った。
「馬鹿は休み休み言いなさい! 私がそんなミミちいことをする訳がなかろうが! お前というやつは…」
 山辺が訊ねると、彦一は情けなそうな顔で息子を見ながら強めに言った。山辺は、消える訳がないのだから妙だ…と首を傾(かし)げた。とすれば…と考えを巡らせたが、山辺の見当はつかなくなっていた。捜査は暗礁(あんしょう)に乗り上げたのである。仕方なく、その日は油揚(あぶらあ)げを軽く焼いて醤油で味わうというツマミで済ますことにした。ところが、コレがまた、けっこうイケたのである。山辺はコレもアリか…と親父風に思った。
 次の日の警察である。
「課長、コレ忘れてましたよっ!」
 署に着くなり、山辺は係長の堀田に愚痴られた。堀田の手には数袋の竹輪が握られていた。
「おっ! おお…有難う」
 バツ悪く、山辺は小声でそう返し、背広の内ポケットへ竹輪の袋を押し込んだ。犯人は山辺のド忘れだった。

                        完


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サスペンス・ユーモア短編集 -2- 追われて追う

2025年03月04日 00時00分00秒 | #小説

 中年にさしかかったサラリーマンの秋村は、なぜか最近、忙(いそが)しさに追われていた。ただその原因がつきとめられない。秋村は焦(あせ)っていた。考えられるとすれば、数週間前に路上でバッタリと出食わした一人の老人だった。その老人は秋村と同じ方向へ歩いていて、必死に動こうとしていた。だが、体が不自由なのか少しづつしか歩めないようだった。それでも懸命に前へ進もうとしていた。秋村はその老人を見て速度を落とした。哀(あわ)れに思えたのだ。自分もいずれはこうなるのか…という気持も少なからずその中に含まれていた。
「おじいさん! お急ぎでしたら、僕がおんぶしましょうか?」
 老人は突然、声をかけられ驚いたが、背広姿の秋村を見て安心したのか、笑顔になった。
「えっ?! そうですかな。そらぁ~助かります。そこの駅までで結構ですから…」
 秋村もその駅に向かっていたから、すぐ話は纏(まと)まり、老人を脊負った。この段階で秋村はまだ忙しさを、さほど感じてはいなかった。
「体が動きませんとな、どうも焦(あせ)って困りものですわい」
「ははは…そんなものですか。僕には分かりませんが」
「犯人は老いですが、見えませんからな」
「えっ? ははは…そうですね」
 秋村は老人を背負い、駅構内へ入った。
「ああ、ここで結構ですわい。御親切な見ず知らずの方、どうも有難うございましたな」
 秋村は老人の言葉のあと老人を下ろし、お辞儀して分かれた。その後はいつものように、同じホームの通勤電車に乗った。秋村は電車に揺られながら、ほんの僅(わず)かながら、いい気分がした。考えられるとすれば、秋村が忙しさに追われるようになったのは、それ以降である。秋村はどこの誰かも分からないその老人を探(さが)すことにした。その老人が現れるとすれば、駅しかない。老人が秋村が乗り降りする駅から乗ったというのは、この駅周辺になんらかの行動の根拠があったからだ・・と考えたのだ。老人が犯人という訳ではないが、脊負って以降、忙しくなった気分は秋村としては返したかった。フツゥ~の場合、いいことをすれば、いいことが起こるとしたものだが、真逆なのである。
 刑事の張り込みのように秋村はいささか憤懣(ふんまん)を覚(おぼ)えながら毎朝、その老人の出没を駅周辺で見張るようになった。お蔭で秋村は朝が早く起きられるようになった。見張りのため、家を出る時間が30分ばかり早まったためだ。それがいいことだといえば、いいことだと言えなくもなかった。秋村は今朝も忙しさに追われるようになった原因の老人を追っている。

                       完


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サスペンス・ユーモア短編集 -1- 大根だっ!

2025年03月03日 00時00分00秒 | #小説

 秋が来ていた。今年もこの季節が巡ったか…と元刑事の蒔山(まきやま)透治は思った。去年はあれだけ減らして播(ま)いた種だったが、それでも食べ切れずに何本かを無駄にしてしまった。今思えば口惜しいかぎりの蒔山だった。余った数本を日干しの千切り大根にしようと思った訳で、工夫しようという努力が足りず、ほどよい硬さの段階で取り込めなかったのである。退職後の楽しみに・・と始めてまだ二年目だったから仕方ないのだが、まあ千切り大根にでもしてみよう・・と思い立った予定で、上手くいくか不透明だったこともある。紫蘇(しそ)を育てたのはいいが、春の梅の収穫期と合わず梅干しを断念し、結局、紫蘇ジュ-スを二度も作る破目に陥(おちい)ってしまった夏の事例に似通っていた。現役の刑事時代なら辞職願を課長に出しているところだったが、幸い今の蒔山は退職後の余生だった。
 さて、大根の種を播く畝(うね)作りの始まりである。畝作りは、まず土づくりから始まる。酸性度を中和し、肥料を加え、さらに土を耕して細かくするという第一段階だ。蒔山はこれ! と定めた畑の一角をスコップで彫り始めた。硬い土を力を入れて、まず区画を決める感じで掘るのである。掘れば土が柔らかくなり、植えない硬い地面と違い、畝作りの区画が浮き出る・・という寸法だ。星の潜伏エリアを固める捜査にも似ていた。それが済むと、まず第一弾の灰と肥料配合となる。蒔山の場合、灰は市販されている燻炭(くんたん)と自家製の藁灰(わらばい)を使う。酸性度を灰のアルカリ性で中和し、苗に適した土にするためだ。次に肥料だが、野菜に合う土は窒素、リン酸、カリといった必要な栄養素が適度に含まれねばならない。細かな配合割合は関係ないが、三要素が含まれていることは欠かせない条件だ。痴情の縺れ、怨恨、事故といったいろいろな角度から捜査を進めることと関係なくもないか…と考えたが、結局、蒔山は関係ないな…という結論に土を掘り返しながら到達した。
「フフフ…大根だっ!」
 鍬(くわ)で掘る手を止め、蒔山は突然、叫ぶように口を開いた。今年は一本も無駄にしないぞっ! という犯人を取り逃がさないと決意した心の叫びだった。

                      完


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世相ユーモア短編集 -100- あの頃は…

2025年03月02日 00時00分00秒 | #小説

 早いもので、この短編集も、いよいよ最終話となった。-1-から書き連ねて感じたことといえば、過ぎ去ったよき時代の世相である。ああ、あの頃は…といった具合だ。飽くまであの頃であり、餡(あん)ころ餅(もち)ではない。^^ 付け加えるなら、餡衣(あんころも)餅→あんころ餅に変化したそうです。^^
 幸長(よしなが)は、ふと、あの頃は…と、よき時代を思い出していた。
『板垣退助の百円札があったら、卯尾矢の素(す)うどん]が食べられたな…。そうそう、葱はただで、かけ放題やった…』
 そう思えるのは、今の世相の物価高だった。一万円が買い物で湯水のように消え去ったからでもある。なんと、物価が高くなったことか…。幸長は、今の世相を忘れることにした。何一つにしても、考えれば腹が立ったからである。幸長はふたたび、あの頃は…と、巡った。春の小川…菜種の黄色い花…レンゲのピンクの花…麦畑…と。今の世相は全てが消えていた。荒れ田に草が繁茂していた。幸長は見ないことにし、目を閉じた。瞼の裏に浮かんだのは一面、実った麦畑がだった。
 気分が滅入ったときは、あの頃は…と想い出すのがいいですね。^^

                   完


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世相ユーモア短編集 -99- なごり雪

2025年03月01日 00時00分00秒 | #小説

 若い頃、流行(はや)っていた♪なごり雪♪をネットで聴きながら、当時、ファンだった守宮は、やはりいい曲だな…と思った。あの子も年いったな…と思うでなく思った。^^ 世相はゴチャゴチャした振付を恰好よく踊りながら、ゴチャゴチャした激しい曲想が好まれる時代へと変化している。守宮は昔人だから、やはりシットリした曲想を、チビリチビリと生ピールでも飲みながら肴(さかな)を摘まみ、悦に入る・・という暮らし向きが好きな男だった。
♪なごり雪もぉ~ 降るときを知りぃ~♪
 曲が流れる中、守宮は、ふと、『なごり雪は何を知ったんだろう…』と疑問に思った。長年、なんとなく聴いていたメロディーだったが、今まで少しも疑問に思わなかったのである。作曲者に訊ねたいものだ…と思いながら、俺も年いったな…と思うでなく思った。^^
 世相はどんどん変化しています。世相がどう流れようと気にせず、自分の世界で楽しんだ方、疲れずにいい気分を満喫できるようですね。そろそろ、花が楽しめる陽気です。^^

                   完


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◇特別寄稿◇ 徳川家譜代・石川数正公出奔 異聞

2025年02月28日 00時00分00秒 | #小説

 徳川家の重臣、石川数正公が何故、豊臣家に出奔されたのか? その理由が歴史学者によって諸説、流布されている。私もその理由の異聞をいつやら聞かされた覚えがある。そう深く考えず、短慮に捉えれば、そりゃ、豊臣家の方が厚遇されると考えるだろう…と言う。私もそのように思っていたが、実はこの出奔の裏には隠された真実があったのだとさらに言う。そうなのか? と首を傾(かし)げると、さらにペラペラと語り始めた。その異聞を今日はお話ししようかと思う次第だ。
 現代、我々が暮らす大手企業には競合企業に送り込む産業スパイのような存在が密かに養成されているそうだ。それと同様に、戦国の世でもそのような情報戦は展開されていたらしい。調略と呼ばれるそうで、今でいうミッション・インポッシブルの企業版だそうである。徳川家譜代の石川数正公は徳川家康公から密かに豊臣家の内情を探るよう厳命されたのだと言う。
「と、殿…」
 石川数正公は泣きの涙で家康公の前で泣き崩れられた。そしてしばらくして、「分かり申した…。そのお役目、この数正が生涯をかけてお引き受け申しまする…」と、涙目で家康公に縋(すが)られたらしい。
「ぅぅぅ…数正、頼み置くぞっ!」
「ははっ!!」
 このようなやり取りがあったかどうかは別として、数正公は豊臣家へ突如、出奔されたそうなのである。豊臣家へ数正公が出奔されてからというもの、徳川家家臣団の動揺は深刻だったというのが通説だが、真実はその内情をすべての重臣だけは知っていたのだと言う。そうなのか? とさらに訊(き)くと、そうなんだ…と自信ありげに言う。私も自信ありげに言われては、そうかも知れん…と思った次第だ。
 皆さんがどうお考えかは勝手だが、私が聞かされた異聞をお伝えして参考にして頂ければ有難い。

 ※ 歴史に消えた石川家ではありますが、その後、闇の金[年金のようなもの]が密かに支給されていたとも聞いております。


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世相ユーモア短編集 -98- 二択 

2025年02月27日 00時00分00秒 | #小説

 とあるテレビ局のクイズ番組である。「さて、ここで問題です。あなたはAかBのどちらを選びますか?」と、訊ねられた白岡は、自分を信じてAのボタンを押した。最近の世相は信じられないが、自分だけは信じられる…と自負する白岡にすれば、正解がAだろうとBだろうと構わなかったのである。このクイズ番組に出られたこと自体が正解だったのだ。白岡はこのクイズ番組に欠かさず応募していた。もし次に選ばれなければ、もう応募するのはやめよう…と心に固く誓っていたのである。それがとうとう選考され、テレビ局から出演依頼が来たことは、選考される選考から外れる・・という二択の好結果の方を出したのだった。白岡は二択に自信を持ち始めた。
「先輩、昼、魚にしますか? 肉ですか?」
 昼のチャイムが鳴り、今年、他の課から移動してきた若い桃崎が白岡に訊ねた。いつも買っている弁当販売のチェ-ン店[黄梅]は勤務する区役所から目と鼻の先にあった。
「魚っ!」
 白岡は間髪入れず桃崎に返した。
「はい…」
 この人、いつも魚弁当しか食わないが、肉嫌いか? …と、おせっかいな他人事を考えながら、桃崎は外へ出ていった。
 弁当屋さんの肉、魚の二択は、どちらでもいいですが、戦争と平和の二択は慎重が求められます。指導者が判断を誤ると、国は疲弊し、多くの国民がぅぅぅ…と泣くことになるからです。世界の今の世相が、まさにそれを物語っています。政界の方々、取り舵と面舵の二択をお間違えにならないようお願い致します。^^

                   完


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世相ユーモア短編集  -97- サービス

2025年02月26日 00時00分00秒 | #小説

 二年後には携帯が使えなくなります・・という電話会社からのダイレクト・メールを受け取った神城は怒りが心頭に発していた。故障しても修理出来なくなりますという脅し文句をつけてのメールだった。あなたの会社の寿命はあと二年です・・と言われたとき、お前ならどう思うっ!! と、神城は益々、怒りの炎がメラメラと揺らめき立った。ガブガブッとコップの水を飲み、神城の怒りの炎は少し下火になった。
「最近はこの手のサービス低下が目立つな…」
 世相の変化だとは分かってはいたが、それでも疎(うと)ましく思えた神城は、ポツリと独り言(ご)ちた。今日、買物をしたスーバーも今月いっぱいで買物券サービスが終わると掲示されていた。何かにつけて世相が右肩下がりだ…と、神城には思えた。
『しっかりしろっ! 日銀総裁、政府っ!』
 神城は心の中で偉そうに叱咤(しった)した。小市民の自分一人ではどうにもならないと思えば、余計に腹立たしかった。物価高、サービス低下・・今の世相は益々、人々の暮らしを苦しめる時代になっている…と神城は、また偉そうに思った。神城は余りにも思い過ぎたためか、腹が減ってきた。神城は半(なか)ば諦(あきら)め、もう思わないことにして、カップ麺を啜ることにした。
 神城さん、世相が右肩上がりになる時代も、またありますよ。庶民にはどぉ~にもならないのですから、気落ちせず、怒らず、気長に暮らしましょう。^^

                   完


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世相ユーモア短編集 -96- 天下人(てんかびと)

2025年02月25日 00時00分00秒 | #小説

 昔も今も天下人(てんかびと)になれる人には、それなりの理由がある。その理由が、多くの人に賛同を得られれば得られるほど天下人への道をひたすら進むことになる。ただ、現代の世相は疑心暗鬼に満ちていて、戦国時代のような修羅めいてはいないものの、油断ならないのだ。ニコニコ笑っている人の顔の裏は、メラメラと燃え滾(たぎ)った憤怒の相なのである。要するに裏表があるのだ。豆腐にも裏表は確かにあります。ただ、濁っていない水や氷には裏表はありません。^^
 豚丘は起業家として天下人になろうとは思わず、気楽に中堅企業で働いていた。名字からしてダサい自分が天下人になれる訳がない…というのが、致命的な理由だった。ところが、である。豚丘には先々の世相の変化を読める先天的な才が備わっていた。ただ、本人はそのことには気づいていなかった。
「豚丘さん、社長がお呼びです…」
 ツカツカと靴音を立てながら若い美人秘書の岡目が入って豚丘に近づくと、上から目線で偉そうに告げた。
「えっ! 僕を、ですか?」
「はい…」
 若い美人秘書の岡目が朴訥に返した。豚丘は何か失敗でもしたか…とビクつきながら社長室へ急いだ。
「君を呼んだのは、他でもない。投書箱に入っていた君の意見、読ませてもらったよ。あのアイデアは君が考えたのかい?」
「そんな大仰な…。ただ、ふと浮かんだアイデアを投書しただけです…」
「いやいやいや、あのアイデアは大したもんだ。さっそく役員会に諮(はか)ろうと思ってさ」
「そんな…。ただのアイデアですから」
 豚丘は、まさか自分の考えが…と、驚いた。
 そのアイデアを推進した豚丘の会社は、他の同業種企業を尻目に躍進した。平社員だった豚丘は課長に抜擢され、その後も会社の出世コースをひた走り、たった二、三年で取締役に出世したのである。天下人の社長就任が確実視された豚丘だったが、悲しいことに死の病(やまい)に取り憑かれねこの世を去ったのである。
 世相を読める才で天下人になろうと、仏様か神様になれば最後ですから、健康が第一・・という結論ですか…。なるほどっ!^^ 

                   完


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