(私注:まず、この本に叙述してある美知子皇后の英訳のお仕事をお読みになり、そのまま進み、まどさんの話にはいってください。)
p10
(私注:編集側の思い)「詩人の谷川俊太郎さん、作家の江國香織さん、臨床心理学者の河合隼雄さん、宇宙飛行士の毛利衛さん、そして、まどさんの詩のなかから約80編を選んで英訳し、その魅力を海外に伝える手助けをされた美知子皇后.....数多くの熱心なファンを持つ九六歳の詩人(私注:告白→私は最近まで詩集があるなんて知りませんでした)は、こちらが恐縮してしまうほど謙虚だ。」
(私注;まどさんの語り)「そもそも詩というのは、10人読んだら10人が違う感想をもつものでね。感じ方はひとつじゃなくていい、その人が感じたいように感じてもらうのが一番いいと私は思っておるんです。だから、この詩はこういうふうに読んでほしいっちゅうことは、それをつくった私にも言えないんですよ。ただ、その詩がどういうふうに読まれたがっているかということはあります。
たとえば、「ぞうさん」でしたら、
〈ぞうさん/ぞうさん/おはなが ながいのね〉と言われた子ゾウは、からかいや悪口と受け取るのが当然ではないかと思うんです。
この世の中にあんな鼻の長い生きものはほかにいませんから。
顔の四角い人ばかりの中に一人だけ丸い人がおったら、本来はなんでもない「丸い」っちゅう言葉が違う意味をもってしまう。
われわれ情けない人間だったら、きっと「おまえはヘンだ」と言われたように感じるでしょう。
ところが、子ゾウはほめられたつもりで、うれしくてたまらないというふうに
〈そうよ/かあさんも ながいのよ〉と答える。
それは、自分が長い鼻をもったゾウであることを、かねがね誇りに思っていたからなんです。
小さい子にとって、お母さんは世界じゅう、いや世界上で一番。大好きなお母さんに似ている自分も素晴らしいんだと、ごく自然に感じている。
つまり、あの詩は、「ゾウに生まれてうれしいゾウの歌」と思われたがっているんですよ。」
(私注:がーん!「ぞうさん」をもう一度読んでみる)
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ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ
ぞうさん
ぞうさん
だれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ 童謡はここ
(私注:さて私も「ぞうさん」をどう読んだかの感想を出さねばならないのですが、ううーむ、まどさんのあとでは、むずかしいですね。)