2月19日に3週間のニューヨーク(正確には、ジャージーシティのニューポート)滞在を終えて帰国した。今回はその滞在記を綴ってみたい。
ニューヨークに来てまず感じるのが毎度のことながら物価の高さだ。もちろん、ニューヨーカーも物価高に苦しんでいるが、円安・低賃金の日本人にとっての苦痛はその比ではない。
毎日倹約に努めていたが、それだけで終わるのも寂しいということで、2月14日のバレンタインデーにニューヨークのミシュラン二つ星のフランス料理店で食事をすることになった。ワイン抜きでも1人6万円以上する。星を取る前に比べて倍以上になったそうだ。嬉しくはないが、市場の機能が非常によく働いている証拠だなと感心した。
高級レストラン業界に詳しい知人によれば、多くはニューヨーク大学(NYU)の自費留学生なのだという。
家賃も物価も上がり、ニューヨークに住むだけでも大変な出費になる。米国政府が中国人留学生の入国を制限しているので留学生の数は減少した。それでもなお、子弟を米国に留学させたがる富裕層は多いらしい。米国の大学を出るだけで少なくとも数億円の価値があるという分析もあるそうだ
NYUの中国人留学生は、普段から湯水の如くお金を使う。高級レストランに通う人も多い。ニューヨークの高級レストランでは、「NYUに足を向けては寝られない」ほどの上顧客になっているとのことだった。
米中対立が激化し、中国人が観光にも留学にも来ないということになったら、この業界には大きな打撃だろう。
日本でも、今年1月の訪日外国人旅行者数が単月で過去最高となる378万人を記録し、中でも春節が1月だったこともあり中国からは前年の2.3倍超の98万人を記録したそうだ。こうなると心配なのが、市場原理で日本のレストランの価格が急騰し、美味しい店に我々庶民が行けなくなることだ。
しかし、中国からの観光客が日本の景気を支えてくれるのであれば、米国ほど自力で経済成長する力がない日本には、中国人を大事にするしか選択肢はない。
ここで紹介したレストランはオープンキッチンが売りで、席から厨房が見渡せるが、見えるのは、ほとんどがラテン系の人という印象だ。シェフもメキシコ人だが、白人シェフの店でもやはりキッチンにはラテン系が多いらしい。
■突然「Xのルールに違反した可能性」を告げられる
なぜかというと、一流シェフの下で何年も下積みの修業をするというのが、平均的アメリカ人から見ると割に合わないのだという。ステレオタイプな議論かもしれないが、筋骨隆々の屈強なアメリカ人と下積みの修業がしっくり来ないというのは妙に納得感がある。
日本では、徒弟時代の名残があり、有名シェフの下で修業したいという若者が多いようだが、そのうち、日本でもそうした下積みを嫌う若者が増えれば、途上国から来た人々が高級和食の料理を作るという時代が来るのかもしれない。それをどう考えるのか。
今、ニューヨークも東京以上に人手不足が話題になっているが、日本と違うのは、それが賃金高騰に直結していることだ。ある女性研究者は、お気に入りのベビーシッター兼お手伝いさんのアフリカ移民に、フルに働けば年収約1000万円に相当する時給を支払っていたが、なんと、あるセレブの家庭からそれよりはるかに高い給与を提示されて引き抜かれてしまったと嘆いていた。
初任給の大幅な引き上げが話題になっている日本も、実は、下積みという概念が徐々に通用しなくなってきたということだ。
ところで、2月4日配信の本コラム「トランプ大統領就任後にNYに来て感じたこと 極右の犯罪者は解放され、性的マイノリティが排除される『アメリカではない国』になった」で書いたとおり、米国では、人文科学も含めたアカデミアの世界やさまざまなNGOの活動への政府支援が止められている。USAID(米国際開発局)はその最たる例だが、政府機関の資金援助を受けている幅広い分野の団体も同時に苦境に陥った。
そこで問題となるのは、直接被害を受けた団体だけでなく、政府と関係を持つあらゆる主体が、トランプ大統領やイーロン・マスク氏に反対の思想を持っていると疑われることを避けようとする効果が生まれていることだ。事実上の言論統制が気づかぬうちに浸透しつつある。生きていくためには、従うしかないのだ。
バンス副大統領が訪独した際、SNS規制を行うEUに対して、「民主主義を損ねている」と述べた。政府による規制は言論の自由への弾圧だという主張だ。
実は、アメリカに来てバタバタしていて、前述したトランプ批判の本コラム配信の告知をX(旧ツイッター)に投稿するのが遅れてしまった。配信数日後にXで投稿内容を編集していると、いきなり、編集作業も投稿もできないログアウト状態になってしまった。原因不明で再ログインもできない。米国の「XTeam」という事務局につながったので、対処法を聞くと、私がXのルールに違反した可能性があると告げられ、もう10日以上一切ログインできない状況のままだ。政府による介入ではないが、民間企業だから問題ないということなのか。
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Xのような巨大テックが支配する世界では、実は、政府よりも彼らテック企業の方が力を持っている。Xやフェイスブックが、偽情報拡散のプラットフォームになっているが、それを批判すれば、表現の自由に対する攻撃だと彼らは主張する。
しかし、テック企業が独自のルールを作って、真実を伝えるアカウントを理由不明のまま凍結できるのであれば、彼らビッグテックによる独裁制と同じだ。私を含め一般市民には何ら対抗手段がない。本稿が配信される2月25日の段階で、先週の配信とともにXでこのコラムの配信をお知らせできれば良いのだが。(もし、できない時は、読者の皆さんにぜひ拡散に協力していただきたい)
2月の第3月曜日(17日)は、アメリカの数少ない祝日の一つ「大統領の日」だった。正式には、ジョージ・ワシントン大統領の誕生日(2月22日)を祝う日だが、エイブラハム・リンカーン大統領の誕生日(2月22日)も一緒に祝う日になっている(在日米国大使館と領事館ウェブサイト)。ちなみに、同ウェブサイトには、「He brought a new level of honesty and integrity to the White House, living up to his nickname, “Honest Abe.”」と書いてある。「それまでにない水準の公正さと誠実さをホワイトハウスにもたらした」というのだが、トランプ大統領と正反対なのが面白い(ちなみに、「Honest Abe」は、「正直安倍」ではなく、「正直エイブ」なので誤解されないように)。
この日、各地で反トランプの集会が行われた。私がたまたま通ったニュージャージー州郊外の国道沿いの小さな集会では、トランプ氏と並びマスク氏の名前が書かれたプラカードが多かった。「Dump Trump Dump Mask」という具合だ。
バンス副大統領の名前がないのは、マスク氏の方が副大統領よりも力があることを市民がよく理解しているからだろう。
ただし、反トランプキャンペーンは思ったより沈静化しているようだ。
試しに、マンハッタンのトランプタワーに行ってみた。反トランプのプラカードなど皆無。正面のリボルビングドア前には、トランプ氏のマスクを被った男性がポーズをとりながら、観光客と一緒に写真に納まりチップをもらっている。マスクを脱ぐと襟元には、トランプタワーの警備員のバッジが見えた。これもトランプビジネスなのだろうか。
トランプ氏は大統領であると同時に、消費される対象であることがよくわかる場面だ。
消費されるトランプ氏といえば、帰りの機中で、映画「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」を見た。内容の真実性は定かではないが、若き日のドナルド・トランプが、この映画で彼の育ての親とされているロイ・コーンの生き様(哲学)を真似ることで創られていくという話だ。正確な英語は覚えていないが、コーン氏の言う成功の3大原則(常に激しくアタックせよ、間違っても決して非を認めるな、どんな結果でも勝利を主張せよ)を忠実に守ってのし上がっていくトランプ氏というストーリーだが、逆に言うと、米国で成功した資本家や経営者にはそういう考えの人が多いということでもある。
■人間は強くなければならないという思想
そうした歪んだ権力構造が現在のトランプ大統領を創っただけではなく、現在の米国の格差と分断を創り出したという解釈もできる。そういう意味では、「病めるアメリカの創り方」というタイトルでも成り立ちそうだ。
もう一つ印象的だったのは、コーン氏もトランプ氏も他の勝ち組の資本家たちも皆揃って、「我々こそが差別され、搾取されている」と主張していたことだ。
アメリカでは、マイノリティとその支持を受けるリベラル政治家たちが、自分たち資本家から金を奪い取り、それをマイノリティにばら撒いているという「逆搾取」の構造を批判している。
貧困は、努力不足や能力不足から生じるもので、資本家にも資本主義にも全く責任はないという考え方。経済への貢献度が低い人間は貧しくても当然で、効率、言い換えれば生産性の低い人に高い報酬を与える方が逆差別だという主張。こうした考えは、社会保障など分配政策の否定につながる。
これと関連して思い起こしたのは、ジャージーシティの街を歩いていて気づいた、フィットネスクラブの数の多さだ。ワンブロックの片側に三つあるのも珍しくない。また、ハドソン川沿いを早朝氷点下10度でも気にせず全速力で走る多くのジョガーたち。なぜそんなにストイックになれるのか。
もしかすると、それは、人間は強くなければならないという思想からくるのではないだろうか。「強さ」が求められ称賛され、「強いことが正義」という考えが根底にある国が米国なのではないか。逆に言えば、「弱いものは同情に値しない」、さらに「弱者は悪」、従って「排除すべき」という考えにつながるのではないか。
それは少し極論に過ぎるとしても、選挙で半数以上の人がトランプ氏の考えを支持したのは、そうした考えがある程度は認められているからなのではないのか。
もちろん、米国には全く異なる考え方の人がたくさんいる。
しかし、今や、マイノリティという言葉すらタブーとなり、トランプ哲学に反論するためのデータの収集や研究には資金が供給されなくなってしまった。
効率主義・能力主義が正しく、分配政策は間違いだと示す研究者は逆に優遇され、そうした言説が世の中に溢れるだろう。国民はさらに洗脳され、トランプ大統領の暴走を止める力は弱まる。
日本に帰国すると、国会では、貧困、格差対策としてさまざまな弱者への助成策が議論されている。トランプ政権とは反対の動きだ。
トランプ=悪なのだとすれば、日本は正しい道を歩んでいるということになりそうだが、とてもそうとは思えない。
「トランプの米国」を見ることは、私たち日本人が進むべき道を考えるうえで貴重な材料を与えてくれそうだ。
ロイ・マーカス・コーン(Roy Marcus Cohn, 1927年2月20日 – 1986年8月2日)は、アメリカ合衆国の検察官、のち弁護士。
マッカーシズムの時代に、赤狩りの急先鋒に立った。民主党員でありながら共和党出身の大統領の大半を支持し、「名前ばかりの民主党員」と呼ばれた
ロイ・マス・コーン;画像はwikipedeiaより
フランクリン・D・ルーズベルト大統領の支持者でもあった[1]。20歳でコロンビア大学で学士号を取得、21歳でコロンビア大学ロースクールでLLB(法務博士に相当)を取得した。
フラクリン・ルーズベルト wikipedeiaより
コーン;赤狩り(マッカーシズム)
『アメリカを信じられない世界がやってきた 日本はどう生きるのか』NATO諸国を裏切りウクライナを凌辱するトランプ大統領は米国民が選んだという事実 そんな米国が支配する世界で日本はどうすればいいのか
2025/02/23