[22日 ロイター] - 北朝鮮のオリンピック代表選手たちは母国に1つもメダルを持ち帰らないだろうが、彼らが五輪に参加したことは、朝鮮半島にメダルよりも重要なものをもたらした可能性がある。
非常に目立つ形で韓国と並んで五輪に参加したことで、北朝鮮政府は、朝鮮半島の分断につながった戦争以来、同国の指導者が果たせなかったような方法で、グローバル・地域双方のレベルで信頼に足る勢力として自らをアピールすることができた。
だが、戦略的な意味での真の勝者は、韓国政府だ。五輪を巧みに利用して、朝鮮半島外交の状況を一変させてしまったのである。
和解に向けた協議をさんざん重ねてはいるものの、北朝鮮・韓国双方とも、再統一のために必要な妥協、あるいは破滅的な戦争のいずれに対しても、さほど前向きではない。両国がこれまで必死に取り組んできたのは、北朝鮮の核施設に対する米国の大規模で一方的な攻撃という潜在的な脅威を抑え込むことである。
南北対話再開の可能性が見えてきたことで、米国政府はひどく難しい立場に置かれている。トランプ政権は今年、北朝鮮政府への軍事的圧力を強め、これ以上核開発を進めれば米国の実力行使を招くかもしれないという金政権の不安を高めることを狙っていた。ところが五輪を契機とする歩み寄りにより、米国政府は韓国政府の要請を受けて、計画の一部を中止せざるを得なくなった。
もちろん、不信感は依然として強い。ワシントン・ポスト紙の報道によれば、ペンス米副大統領が今回の訪韓を機に、金政権による核開発の野心を非難し、さらなる制裁措置を約束したことを受けて、北朝鮮側は同副大統領との会談をキャンセルしてきたという。とはいえ、そもそも会談が検討されていたという事実が、それ自体、画期的な展開とも言えるかもしれない。
五輪に伴う歩み寄りが、朝鮮半島情勢の真の転機になると考えるのは間違いかもしれない。対立の基本的な原因はあいかわらず残っているからだ。
とはいえ、平昌五輪は、エスカレーションが高まる一方というサイクルに小休止をもたらした。これが最終的にどのような結果につながるかはとうてい明白とは言いがたい。だが、近日中に戦争が勃発する可能性はいくぶん低下した。
南北の意思疎通が改善しつつある今、米国が攻撃を仕掛ければ、平和が可能であるかに思える時期に地域に災厄をもたらす不当な侵略という印象を与えかねない。
だが、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長もいくつか困難な決断を迫られているにちがいない。
彼は明らかに核開発計画を継続して、北朝鮮には核弾頭を搭載した弾道ミサイルを米本土に到達させる能力があることに一点の疑問も残さないようにすることを望んでいる。自身の権力を守り、イラクで見られたような「体制変更(レジーム・チェンジ)」を抑止するために、こうした米本土攻撃能力が不可欠であると正恩氏が考えているというのは、大半の専門家の一致した見解だ。
だが、より高性能のミサイルと弾頭を製造するには、ひどく人目を引く実験計画を再開する必要がある。しかしそれは、地域的な対話を台無しにし、米国が限定的な攻撃を行う正当な理由として取られかねない。
対話が続いているときに北朝鮮が実験計画を再開すれば、少なくとも国際的な制裁、特に中国による制裁が大幅に厳しくなる可能性は高い。制裁はすでに北朝鮮経済にかなりの影響を与えており、中国政府からの支援が低下すれば、まさしく金政権にとっては危機である。
現在の正恩氏の悩みは、韓国の狙いどおりである。文在寅(ムン・ジェイン)大統領率いる韓国政府は、残虐な金王朝に対して本当の親しみなどほとんど抱いておらず、仮に、大きな惨事を招くことなく金王朝を倒す方法があるならば、恐らくすぐにそれを実行するだろう。だがそうしたオプションがない以上、文政権は状況を可能な限りコントロールしようとしている。
五輪閉幕後、北朝鮮が実験を再開し、米国との緊張が再び高まるとしても、今回の一時的な緊張緩和は1つの成功と見なされるだろう。五輪に参加できていなければ、北朝鮮が恐らくサイバー攻撃かゲリラ攻撃によって五輪を妨害してくるのではないかという確かな懸念があった。少なくとも正恩氏は、恐らく注目を浴びるようなミサイル、あるいは核弾頭の実験を五輪に合わせて実施して、五輪精神を台無しにし、トップニュースの座を奪ってしまっていただろう。
五輪は、当事国すべてが継続的なエスカレーションのサイクルから一歩後退するのではないかという、ここ数年で最大の希望をもたらした。残念ながら、こうして緊張緩和が進むのは一時的なことかもしれないが。
正恩氏は、自身の体制の信頼性を増すために五輪をうまく利用したかもしれない。特に自身の妹を強力な特使として派遣したことは大きい。
だが正恩氏はこの成果について、五輪のおかげであると同様に、彼がこれまでどう喝を繰り返してきたこと、また核開発の進捗(しんちょく)についての外部の予想を上回ったことによる成果であると結論づけてしまう可能性もある。
金体制は依然として、対内的にも対外的にも危機に直面している。北朝鮮は確かに世界で最も孤立した社会ではあるが、それでもテクノロジーは静かに浸透しつつある。中長期的には、国内の不満が高じて体制が崩壊するリスクは依然として残っている。
米国主導の軍事行動というリスクも消えてはいない。五輪では比較的調和が見られたものの、米政界の中には、トランプ氏とその他の政権トップ幹部、特にマクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)は、やはり軍事行動に傾いているのではないかと怪しむ声が多い。正恩氏は、長期的な支配を維持するためには、やはり核開発計画を進めることが最善であるという結論に達するかもしれない。
冬季五輪は、北朝鮮の核実験の継続と緊張の高まりを回避できるのではないか、いや少なくとも減速できるのではないかという、微かではあるが現実的な希望を生み出した。何しろ双方とも実質的には何の譲歩も見せていない以上、これは厳密には「われわれの世代での平和実現」ではない。だが、新たな火種になったとしても少しも不思議はなかったスポーツの祭典がもたらした結果としては、それほど悪いものではない。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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