「朝貢」を求められた日米首脳会談の顛末
東洋経済 4/20(金) 21:00配信
1)安倍晋三首相とドナルド・トランプ米大統領が、米フロリダ州のマー・ア・ラーゴの美しい部屋で開いた4月18日夜(日本時間19日朝)の共同記者会見でのやりとりは、「蜜月」だったはずの両首脳の今の関係を、如実に示すものだった。
日本政府側は両首脳の「友情」をテコに、トランプ政権が鉄鋼・アルミの輸入品に課し始めた緊急追加関税で、日本を除外してもらうことに淡い期待を抱いていた。ところが、除外の求めに対してトランプ大統領が突きつけたのは、対日貿易赤字を縮小するための「新たなディール(取引)」。トランプ政権が突然打ち出した不当な施策で適用から除外してもらうためには、日本側は、貿易赤字を減らすための「土産」を差し出さなければならないことを意味するものだった。対等で蜜月だったはずの「シンゾーとドナルド」の関係は、米国から日本がいわば「朝貢」を求められる関係に変質しつつある。
「現時点では、日本を除外する考えはないということでよろしいのでしょうか」
米時間18日夜の会見の終わりごろ、鉄鋼・アルミへの緊急追加関税をめぐり、日本人記者からこう問われたトランプ大統領は饒舌にしゃべり始めた。
■除外してほしければ、お土産を差し出せ
トランプ大統領は「米国は日本との間で、巨額の貿易赤字を抱えている」と切り出し、「それは年間で、690億ドルから1000億ドルの間であり、どうみても巨額だ」と説明。さらに、「われわれが米国と日本の間で新たなディールで合意すれば、アルミニウムへの関税や鉄鋼製品への関税については議論されることになる。未来のある時点で、それらの関税を撤廃できるようになることを楽しみにしている」と語った。
つまりトランプ大統領は、日本が鉄鋼・アルミへの緊急輸入関税を撤廃してもらうには、米国の対日貿易赤字を減らす何らかの手立てで両国が新たに合意する必要がある、という説明をしたのだ。
「貿易赤字が大きいから、個別の製品を狙いうちして、関税をかける」のは、自由貿易に反し、国内だけを見たあまりにも不当な保護主義政策だろう。
それだけに、トランプ大統領が3月1日、この鉄鋼・アルミ関税を課す方針を打ち出すと、世界各国だけでなく、政権内の身内も猛反発した。トランプ政権の経済政策の司令塔だった国家経済会議(NEC)のゲイリー・コーン議長は、鉄鋼・アルミ関税に強く反対してきており、結局辞任するに至った。
欧州連合(EU)のユンケル欧州委員長は、「米国の鉄鋼業界を守るためのあからさまな介入で何の正当性もない」と真正面から批判し、「不当な政策でわれわれの産業が打撃を受けるのをただ傍観することはしない」と、報復措置をとる考えをすぐに表明した。
カナダも外相の声明で「絶対に受け入れられない」とし、「カナダの国益と迅速な対応をとる」として対抗措置を示唆した。
そして中国は、「米国の誤ったやりかたに対し、中国は必要な措置をとり、自らの合法的利益を守る」と表明し、対抗措置をとった。中国は3月下旬に、米国産品計約30億ドル分の輸入に追加の関税をかける報復計画を発表したのだ。
■弱腰で正論を言えなかった安倍政権
EUや各国は、米国の不当な施策に対して正論を真っ向から立ち向かい、対抗措置をとる可能性をすぐに打ち出したといえる。
これに対し、日本の安倍政権は弱腰だった。菅義偉官房長官や、世耕弘成経済産業相が遺憾の意を示したものの、世耕氏は「日本からの鉄鋼やアルミの輸入は米国の安全保障に悪影響を与えることはなんらない」と訴え、日本を適用除外としてもらえるよう働きかけるばかりだった。日本政府は、トランプ政権の鉄鋼・アルミ関税という不当な保護主義政策に正面から抗議することなく、ただひたすら「日本は除外してほしい」と繰り返していた。
米国の対日貿易赤字減らしのために、日本が米国の求める何かを差し出さない限り、「新たなディール(取引)」は生まれない。鉄鋼・アルミ関税で除外してほしければ、「お土産」を差し出せ、と言われているのも同然だった。
鉄鋼とアルミへの緊急輸入関税は、米国が3月に打ち出した国内産業保護策だ。米通商拡大法232条に基づき、鉄鋼やアルミで輸入品が増え、米国の安全保障上の懸念があるとして、鉄鋼に25%、アルミに10%の追加関税を課し始めた。
3)そして、正論を言った国と言わなかった国とで、明暗が分かれた。
米国の鉄鋼・アルミ関税を、「不当な政策」と即座に批判して対抗措置をちらつかせたEUのほか、カナダ、オーストラリアは結局適用除外になった。
一方で日本は、米国の主要な同盟国のなかでは唯一、鉄鋼・アルミ関税が適用された。正論を言わず、「安倍-トランプ」関係に賭けた日本政府側の淡い期待は打ち砕かれた。
ただ、日本側は今回の日米首脳会談で、除外を勝ち取ることを模索していた。会談前、トランプ政権に近い関係者は私に、「日本を適用除外にする検討は米国内でなされてはいる」と明かしていた。日本を除外するかどうかは、トランプ大統領の決断にかかっているようだった。
その結果、どうなったのか。
18日の会見では、ニューヨーク・タイムズ紙のマーク・ランドラー記者がその点を、安倍首相に質した。
「日本は、米国の主な同盟国の中では唯一、鉄鋼関税を課されています。首相は(今回)大統領に除外を要請したのですか? もしそうなら、大統領は何と答えたのでしょう」
安倍首相は「日本の鉄鋼やアルミが米国の安全保障に悪影響を与えることはなく、むしろ高品質で多くが代替困難な日本製品が米国の産業や雇用にも多大に貢献しているというのが、わが国の立場だ。この認識に立って、引き続き協議をしていく考えだ」と語っただけで、トランプ大統領に除外を要請したのか、その回答がどうだったのか、という点については、安倍首相は答えなかった。
そのとき、聞かれてもいないのに答え始めたのは、トランプ大統領だった。
「アルミと鉄鋼の関税に関連している232条の発動についてだが、その関税によって、われわれは多くの国と交渉のテーブルにつけている、さもなければ、他の国々は(関税を)支払っている」
関税を課されている国々は、適用除外にしてもらうために米国に譲歩策を持ってくるか、それとも関税を払うのか、そのどちらかだ……というトランプ氏の考えがはっきりとあらわれていた。日本へも譲歩策という「土産」を求めているのは明らかだった。
4)■自動車分野ではっきり譲歩を求めてきた
トランプ大統領は、日本から何を得ようとしているのか。
大統領本人が、18日の会見で語った内容は興味深い。
日本人記者から「日本を適用除外にしないということか」と問われ、トランプ大統領は冒頭のように、巨額の対日貿易赤字に対処する新たなディールで合意できれば適用除外を考える、という趣旨の答えをした直後に、続けてこう語っている。
「今われわれは最低で690億ドルの対日貿易赤字がある。日本は、何百万台もの自動車を米国に送ってくるのに、われわれがかけている関税は実質的にゼロだ。われわれは(日本に)たくさんの製品を送れていない。貿易障壁やその他のことがあるからだ。だから、こうしたことを、首相と私はこれからの短い期間で議論していくつもりだ」
鉄鋼・アルミ関税にからんで、日本の主力輸出製品である、自動車分野での譲歩を求める姿勢がはっきりとみてとれる。
実際、米メディアによると、トランプ大統領は米国内の支持者との非公開の集まりで、日本が巧妙な仕掛けで非関税障壁をつくっているせいで、米国車が日本で売れなくなっている――という内容の批判を展開しているという。トランプ大統領は米国製品の日本市場へのアクセス向上策のほか、日本からの輸出ではなく、米国内での自動車の現地生産の拡大を求めていたという。米国内での日本メーカーの現地生産がさらに拡大すれば、日本国内の雇用が減少するおそれがあり、日本の国益を左右する問題だ。
鉄鋼・アルミ関税にからんだ、トランプ大統領の発言から見えてきたのは、米国の対日貿易赤字を減らすために新たなディールで合意する必要がある、というトランプ政権の大きな野心だ。
米国の対日貿易赤字を縮小するために、日本側に対策を求めるという構図は、1970年代、1980年代、1990年代とさまざまな形で続いてきた日米貿易摩擦、経済摩擦に通じるものがある。それを今回、トランプ大統領が主導する形で再燃することになりかねず、日本にとってはきわめて厳しい局面になるおそれがある。今回の鉄鋼・アルミ関税でも明らかなように、トランプ大統領は、政権内の身内からも反対があるような強硬策を、自身の判断で打ち出すからだ。