東京はいい天気だ。気分はいい。しかし、多くの日本人の心は晴れない。慢性的に曇りだ。不安心理が重く心にかかる。年金問題ばかりでなく様々な不安が日本人の心を包んでる。高齢になって認知症になったら、寝たきりになったら、一生、ボウーナスも退職金もない派遣労働者で終わるのか、ガンになったら、一生結婚できないのか、子供がいじめにあったら、地震、起きたらどうしよう、振り込め詐欺にあったら、職場でパワハラ、セクハラにあったら、お金がない、生活が苦しい等、無数の不安が日本人の心を揺さぶる。日本人の不安指数は、外国に比べるとかなり高い。戦争している、日本より治安悪い、日本より社会保障が不備の国でも意外と不安指数は低い。日本人はまじめすぎるから不安が強いのかもしれない。普通の人々ばかりでなく、支配的な企業、政治家とか、経営者も不安心理は強いようだ。大企業の内部留保が460兆円もある。経営者も景気が悪くなったら、ためた金で乗り越えようとするのだ。大企業の経営者すら不安なのだ。中小企業は、もっと不安であろう。国会議員ですら不安は強いのかもしれない。選挙に落ちてしまえば、肩書なしのただの人になってしまう。年を取れば辞める時が来る。今、議員年金はないのだ。議員の資産報告を見ると、預貯金なしなんていう議員がかなりいる。老後の生活は不安なのではないか。肩書立派の人すら不安なのだから、普通の人々の不安は、さらに大きい。日本では、不安が不安をあおるようになってる。日本政府は国民の不安解消のために、もっと力を入れるべきだ。具体的には、年金などの社会保障の改悪をやめてしっかりしたシステムを作るべきだ。自然災害は日本にとっては、普通の儀式みたいなもんだ。年間必ずと言っていいぐらい何かの自然災害はある。過度に怖がる事はない。人間は老いる。そして、死んでゆくのだ。自然の摂理だ。死ぬ事に対する不安を過度に持たない事だ。日本は仏教的色彩に支配された国ではないのか。仏教では死は避けられないものではないか。人間は例外なく死ぬのだ。いつでも死ねるように心の準備をしておけばいい。不安につけこんだ悪質商法には気をつけよう。人生、なるようにしかならない。日本より過酷な環境で生きてる人々だって、日本人よりは不安を持ってない。くよくよしないで生きる事だ。私は楽観的すぎるかもしれない。私は何らかの原因で今日死んでも後悔はしない。それが運命だ。不安、飛んでいけ!
今日は2019年6月17日だ。東京はいい天気だ。日本の政治、社会情勢は静かなもんだ。後1か月ばかりで国政選挙が行われるのに、全然盛り上がらない。静かなのが、異常なのだ。大阪で警官が刺されて銃を奪われる猟奇的事件が起きた。日本でよく起きる誰でもいい殺人なのか。この種の事件は、日本では特別な事ではない。警官や家族にとっては、許せない気分であろうが。最近の刑事事件は、従来の犯罪観念ではとらえられない事件が多い。川崎でのひきこもり男の殺人事件であり、父親がひきこもり息子を殺す事件等、動機がわからない事件が多いのだ。人を殺すには、それなりに理由があるだろう。よくも簡単に人を殺せるもんだ。日本社会全体が精神的病気に犯されてる。日本人は病気の自覚がない。自覚しているのは、ほんの一部の人間だ。日本人だけで凝り固まったガラパゴス化の日本では、異常を異常として自覚するのは、難しいのかもしれない。ひきこもり事件にしても、日本には100万を超えるひきこもり人間がいるのだ。ひきこもり人間を異常者と、とらえるより、100万人を超えるひきこもり人間を生み出した社会そのものが異常なのだ。人間は社会的動物なのだ。社会の中で人間が作られるのだ。社会の器そのものが、ゆがんで、穴だらけけでは、健全な人間は育たたない。今の日本の政治情勢にしても、静かすぎるのが異常なのだ。香港の政治暴動を見てみろ、必死に大衆は自由を守るために戦ってる。香港だけでなく、外国では国政選挙の一か月前なら暴動だ、テロだと大騒ぎになるが普通なのだ。日本みたいに何も起きないほうが異常なのだ。日本人は行儀がいいなんて自画自賛している場合ではない。安部が暴走するのを止められない国民にも責任がある。今の日本では権力者に対して噛みつく人間が少なすぎる。特に、若者が権力に噛みつかない。世界では若者が権力、権威、体制に噛みつくのが普通なのだ。日本だって50年前は若者は権力に噛みついた。最近では去勢されたような若者ばかりが日本では目につく。異常だ、異常だと日本の悪口ばかりを書くおまえは、非国民だなんて言われそうだ。最近、非国民という言葉をよく目にするようになった。非国民扱いする事こそ異常だ。社会は多様性によって成り立ってるのだ。多様な価値観、多様な民族、多様な宗教、諸々の多様性によって社会は成り立ってるのだ。多様性を認めない、多様性を排除する社会こそ、異常なのだ。今の静かな異常さは、いつまでも続かないであろう。人間の本質は悪と罪であり、日本にとって自然は常に脅威だ。大自然災害と戦争がいずれ日本を襲うであろう。その時、日本人はがれきと餓えの中で目覚める。異常なシグナルを見落としていた事を後悔するであろう。
土曜の東京は雨だ。日本はあくびが出るぐらい平和そのものだ。朝から食い物、芸能人、ダイエット、いつも同じメニューだ。世界は大変だ。香港では、逃亡犯条例でデモ隊が荒れてる。自由や民主主義を守るために戦ってる。ホルムズ海峡での日本の船会社が運用しているタンカーへの攻撃は、国際的に大問題になってる。アメリカはイランがやったと主張している。イランは否定。攻撃が行われた時、安部は、イラン大統領と会談中だ。喧嘩仲裁を申し出た安部の面目まるつぶれだ。本当にイランがやったのなら、軍事的緊張は高まるだろう。今のところジャブの応酬だ。本格的な戦争まではなってないが、なる可能性は十分にある。今までアメリカとイランの関係は、いいとは言えない。イランは、過去にテヘランにあるアメリカ大使館を占拠し、職員を人質にしたり、核開発をやめさせようとしたり、もめにもめてきた歴史がある。そもそも、火薬庫の中東情勢は複雑なのだ。誰が敵で誰が友達なのか、単純に白黒に割り切れないのだ。アメリカも簡単には戦争に踏み込めないのが実情だ。もし、アメリカとイランが戦争を始めれば、日本にも大きな影響があるだろう。日本はアメリカと親密な同盟関係にあるのだから。戦争とは、人間的政治の終局的な結果なのだ。武力で殺し合い、破壊をするのだ。話し合いで解決すればいいのだが、歴史が証明する事は、人間界から戦争はなくならない。人間の本質は悪と罪だからだ。今のイラン情勢、いい方向に進む事を願う。しかし、来週の土曜日には戦争が始まるかもしれない。人間とは???
麻生財務大臣が発言した2000万円足りない問題は、参議院選挙前の国政の大問題になってる。選挙にも影響を確実に影響を与えるだろう。2000万足りないは、日本人に様々な憶測を呼んでる。人によって、取り方が違うようだ。今の年金制度では、将来、破綻するから政府の年金制度に頼らないで、自分で老後のために自分で2000万円を用意しておけとか、年金の支払い額は、高齢者が増えるので、減らさざるを得ないから最低限2000万円を用意しておけとか、年金制度が維持されても、豊かな老後を送るためには、自分で2000万円ぐらいのお金を用意するのは当然だとかだ。そこに見るのは、不安だ。国民の老後不安だ。65歳以後の老後を送るのに、お金は必要だ。ほとんどの人が働けなくなるのだから、年金からの支払いが高齢者の生活を支えるのだ。政府は、70歳以降も労働力不足の現状もあって、働ける環境作りを企業に呼びかけてるが、ほとんどの企業は70歳以上の高齢者を雇用しようとしない。若者を欲しがる。生活を支える年金制度がなくなったり、支払い金額が減らされるのは、高齢者ばかりでなく若者にとっても大問題だ。年金という社会保障制度の公助と、国民が自分で蓄財する自助のバランスが問題だ。今、安部政権が目指してるのは、アメリカ的自由主義、自己責任主義だ。公助を出来る限り減らして、老後の資金は自分で作りなさい、国に頼らない人生設計を作れよという考え方だ。アメリカの共和党的考え方だ。最近のアメリカでは、格差の拡大にともない、資本主義の本山、アメリカですら社会主義を標榜するサンダーズのような政治家が出てきている。立派な年金制度を標榜する政府だが、国民年金、40年もかけても月に6万5千の公助では低すぎるだろう。この金額からさらに減らすのか。月に3万円では生活できないであろう。生活保護のほうが年金よりいい。生活保護ならひとり月額11万円ぐらいにはなる。年金をまったくかけけないで、高齢になったら生活保護を受けたほうがいいになってしまう。年金ばかりでなく政権を取って以来、社会保障制度全体を改悪してきた安部の人間観、国家観、福祉哲学が透け、透けに見える。安部の考え方とは、国に頼らないで、老後の設計をしなさい、自己責任の哲学を強調している。公助より自助なのだ。若い頃から自分の才能で世界を切り開ける人はいいが、誰もが才能をもってないし、挑戦しても成功者はほんのひと握りなのだ。成功の証しとして、日本人の65歳以上で2000万以上のお金を持ってる人は、全高齢者の2割ぐらいだろう。多くの人はスーパーのちらしを見て、1円でも安く、特売の商品を買ってるの実情だ。政治家系に生まれたおぼっちぁまの安部は、庶民の感覚がわからないのだ。だから、自己責任を強調するのだ。少ない年金でやりくりしている普通の人の生活感覚がわからないのだ。わかっていたなら、年金を減らすような非情な事をやらないであろう。年金財政が破綻することはない、150兆円ぐらいのお金はあるのだ。社会保障費を減らして、軍事費に5兆円もの多額のお金を使ってる日本政府は、お金の使い方が間違ってる。日本を侵略から守ることは大切だが、日本人の生活、人生、健康を守るほうがさらに大切だ。人間を大切にしない安部には、早く政界から消えてほしいです。安部の老後、どうなるか経過観察だ。老いの人生は、安部にとっても不安であろう。他人事として考えていたら、問題は解決しない。
今日も朝から東京のテレビは食い物と芸能人など葛藤のない番組を放送している。その陰で葛藤そのもののような事件が起きたのだ。札幌での2歳児に対しての虐待死は、ひどすぎる。20歳前半の親は人間としての良心があるのか。よくも2歳の子供に虐待をできるもんだ。親よりひどいのが児童相談所の対応だ。何度も近所から虐待疑いの通報があったのに、何もしなかった。救い出せたのに、何もしなかった。強制的に臨検する権利もあるのに、訪問もしないとは怠慢と言わざるをえないであろう。他人事と考えてるのだ。自分の子供が暴力を振るわれたら、必死に助けようとするだろう。人の子供だから関係ないのか。今まで幼児虐待について多く書いてきたが、いっこうに減る気配がない。日本すごい国の実態は、年間13万件もの幼児虐待が起きる国なのだ。私の胸には、むなしさだけがこみ上げてくる。被害者の池田詩梨(ことり)ちゃん、今度生まれてくる時は、やさしい親の元に生まれる事を祈ります。