金太郎似(?)の親戚奉公人のエピソードに意外なボリュームがあった。今回弟呼ばわりされていたことや、放蕩で跡継ぎが店を潰すとメタ的な発言もあったりしたがどうなることやら。ただヒロインの実家が火事の影響傾くとしたらまた違う状況になりそうでもある。旅芸人もやはり出世は嘘っぱちだったようだし、波乱含みだね。
原作はより葉山と泉のエゴと陶酔感が強く、ラストも尾を引く形らしい。映画は少し淡白なくらい二人の微妙な間合いのやり取りに終始している。しかし大筋は変わらないので葉山も泉もそれなりにやらかす。大元は不安定な葉山の妻と、物腰は柔らかいが強引なその親なのだが、泉はそこまでは立ち入らない。『先生と私』の世界をずっとさ迷い続ける。葉山も葉山で強烈な妻とその親の強引さにあっさり取り込まれる一方、泉にも頼り続ける。不毛な関係は泉の高校時代から大学時代まで、直接顔を会わせるということにおいては途中断絶はあっても根は切れないまま粘着質に続く。葉山のそれは弱い人がさらに弱ってすがれるものにすがったようでもあるが、泉の衝動は特定の獲物でなければ満たされない空腹を解消する為に執拗に葉山を追い続けるように見えた。自分が剥き出しだった時に自分を見付けた者を決して見逃さない強烈な衝動に突き動かされたようだった。当然その狂気に普通の人はついてゆけない。やや難はあっても概ね優良物件であったはずの小野も完膚なきまでに叩き壊された。小野のしょーもないが悪人にもなりきれない最後はほんと哀れ。原作者は葉山と泉の堕落より小野の破壊が楽しくでしょうがなかった気がしてならない。かなりドMな攻撃方法だ。怖っ。唐突に自殺した後輩は、後になって文化祭当日鏡の前で自分が綺麗な顔をしていることを確認している顔を思い出すとやるせないね。悪い方に満足したというか、普通なら許せる青春が終わればもうこんな顔しないことが許せなくなったというか、とにかく誰も間に入れず突然一人で幕を引いてしまった。その死が、汚れたまま生きてる者達に行動を求め、物語は一気に収束していたが。映画での全て清算される結末に不満を感じる原作ファンもいるだろうけど、夜明けの時間にスッと終わる様子は私はいいと思ったなぁ。