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佐伯一麦『山海記』を読んで

2022-02-22 23:12:09 | 読んだ本
     佐伯一麦『山海記』              松山愼介
 佐伯一麦の履歴をみていると、佐藤泰志のことを思い出してしまう。佐伯一麦は二十代半ばで海燕新人文学賞、その後も野間文芸新人賞、三島由紀夫賞を順調に受賞している。佐藤泰志はいずれも候補になりながら受賞できなかった。芥川賞にいたっては五回候補になり、そのうち三回の芥川賞は該当作なしだった。その作品の内容や発表の時期、競争となった作品とか要因はいろいろあるだろうが、佐藤泰志にとっては酷い話だった。佐伯一麦も電気工をしていた時に、アスベストを吸い込み、肺に異常があり喘息もあるという。だが、数々の賞を受賞したことは執筆の励みになったに違いない。現在では大佛次郎賞、野間文芸賞の選考委員という選ぶ側にもなっているという。
 東日本大震災についていえば、半年くらい経った頃、東北へバスツアーに行った。仙台から十和田湖、角館あたりを廻った。バスガイドさんは仕事が永遠になくなるかと思いながら、実家の農業を手伝っていたらしい。仙台は佐伯一麦の家の中はグチャグチャになったようだが、街自体には壊れた家もあまり見当たらなかった。ただ、道路から少し離れたところに壊れた自動車が積まれていた。
 三年ほど前に、東京に用事があったので、ついでに足をのばして仙台に泊まり、レンタカーを借りて、南三陸町のあの防災庁舎を訪れた。防災庁舎の周りは土を二、三メートルほど積み上げるかさ上げ工事をしていたので、直ぐ側には近づけなかった。
 阪神大震災のときも、一、二カ月後に見に行った。高速道路が倒れたり、ビルの一階部分がひしゃげたりの惨状だった。尼崎のJR事故の現場も見に行った。ただの好奇心だが。
 以前、佐伯一麦の『ア・ルース・ボーイ』を分析したことがある。彼の作品は一見すると私小説的に見えるが、複雑な伏線と構成がある。この『山海記』も、大和八木から新宮までの日本一長い奈良交通のバス路線(所要時間六時間半、運賃五千三百五十円)に乗って、十津川の水害、山崩れの現場を観るのがメインの話になっているだが、実はこの路線を二回に分けて乗っている。その中で、天誅組の史実や、北海道への移民、新十津川村の建設など、話を縦横無尽に展開する。
 エピソードとして吊り橋の話がはさまれる。高さ五十四メートルの吊り橋である。西川美和監督の映画『ゆれる』を見ていたので、そこで出てくる吊り橋かと思ったが、こちらは新潟県津南町の見倉橋だった。交野市に星のブランコという吊り橋(長さ二四〇メートル、高さ五〇メートル)があるが、こちらがこの作品の吊り橋のイメージに近いかも知れない。その頃、結構、高所恐怖症だったので、結局、十メートルほど行ったところで引き返した。今はツアーでヘリコプターにも乗ったし、上海で百階建てのビルにもヤケクソで行ったので、今なら渡れるかも知れない。
 地球温暖化で台風の勢力が大きくなったり、洪水が頻繁に起こったりするといわれているが、この本を読んでいると、遠い昔から洪水や山崩れは度々起きていたことがわかる。時代は遡るが杉本苑子『孤愁の岸』では木曽川、長良川の洪水がテーマになっている。確かに東日本大震災は大変な地震、津波でしばらくは何もできないほどの衝撃を受けた。今では、ある程度、土地の嵩上げもでき家も建っているという。海岸には海も見えないほどの防潮堤が建設されているらしいが。
 二年前の台風では、知人の家の瓦が少し飛んだり、隣の家の屋根にかけてあったブルーシートが飛びオモリの土嚢で車のリアガラスが割れたという被害も聞いている。大阪でも海に近い方では車が飛び、関西空港への連絡橋が流されたタンカーの衝突でしばらく渡れなかった。
 栃餅といえば、京都、綾部で食べたことがある。宮澤賢治の『鹿踊りのはじまり』を読んで気になっていた。大学の友人が綾部の小学校の廃校を利用して、古本村を創る計画をたてたので。しかし、その秋に大雨があって、この廃校にも被害がでて、安全性からこの計画はボツになった。
 天災や事故による被害は、結局はその当事者にしかわからない痛みがあるのだろう。私は大きな被害を受けたことがないので、佐伯一麦ほど、被害者、その土地にはよりそえないが、彼は自分の病気、体験から十分に被害者に寄り添う眼を持っている。大和八木から新宮への路線バスの旅を、これだけ豊かにえがけるのは作者の力量だろう。この路線をだいぶ昔に知って興味があったが、今では体力的に少し無理なように感じている。
『山海記(せんがいき)』という題名だが、つい最近、石牟礼道子の『苦海浄土』が「くがい」と読むことを知った。「海」を「がい」と読ませるのは『苦海浄土』を意識しているのかも知れない。
 
                               2020年11月14日
 あとから知ったのだが、『山海記(せんがいき)』という題名は『山海経』(せんがいきょう)という中国の地理書からきているとのことである。

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