あずま路(東海道)の道の果てよりももっと奥(千葉県中部)に育った私(菅原孝標女)は、13歳になった秋に父の任期が終わり、一家が京都へ帰ることになった。

嵐こそ ふきこざりけれ 宮路山 まだもみぢ葉の ちらで残れる
あらしこそ ふきこざりけれ みやじやま まだもみぢばの ちらでのこれる

遠江国とおとうみのくに(静岡県西部)に入った。昔からよく歌に詠まれて有名な「さやの中山」を越えたときのことも、高熱にうなされていて、何も覚えていない。
そのあいだにも季節は移ろい、川面かわもを吹きわたってくる風が、身を切るような冷たさになってきた。
天竜川を渡り、浜名橋まで来た。以前、父とともに上総へ向かったときは、たしかに渡った橋が、その後、洪水にでも流されたのか、今は跡形もない。しかたがないので船で渡る。
いのはなという淋しい坂をのぼり、三河国みかわのくに(愛知県)の高師たかしの浜に行きつく。
近くにあの「伊勢物語」で知られた、八橋やつはしのあとがあるそうな。かきつばた咲く水の上に、板橋を渡した眺めがとても風流だったそうだけど、その橋もすでにない。オフシーズンのいまは、かきつばたなど咲くわけもなく、業平なりひらの昔をしのぶ見どころも残っていないという。
宮路山みやじやまを越えたのは、十月もお終しまいの日だったが、紅葉はまだ散りもせず、美しいさかりを堪能たんのうできた。そこで一首。

嵐こそ ふきこざりけり 宮路山 まだもみぢ葉の ちらで残れる
Why hasn't there been a storm here yet? The autumn leaves on Miyaji-yama are still beautifully colored without scattering.

Why hasn't there been a storm here yet? なぜ未だここに嵐がきていないの
The autumn leaves on Miyaji-yama 宮路山の紅葉は
Are still beautifully colored 未だ美しく色づいている
Without scattering 散ちらないで

ご訪問ありがとうございました(ゆ~)