はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その46 蔡瑁の餞別

2022年11月04日 10時22分57秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


劉州牧の部屋まで来たとき、先頭にいた蔡瑁は、ぴたりと足を止めると、孔明を振り返った。
「貴殿とこのような再会になるとは残念だ」
蔡瑁のことばに、孔明はなにも返さなかった。

脂の乗った中年という印象のつよい男である。
もともと人目をひく風貌であったのが、中年になってほどよく肉がつき、貫禄がついたのである。
つねに笑みをたたえる厚めの唇の横には、油で整えられた髯がある。
彫りの深い顔立ちの、いかにも大将然とした男だ。
この人にならば、すべてを委《ゆだ》ねても悪くはないと思わせる、懐《ふところ》の深さが蔡瑁には感じられた。

長子である劉琦を差し置いて、次子の劉琮を後継にと推す人間が多いのは、劉琮を推しているのではななく、ほとんどが蔡瑁を推しているのである。

蔡瑁は、孔明にとっては妻の叔父にあたる人物だ。
劉備の軍師になる前に、黄承彦《こうしょうげん》によって引き合わされたことがある。
そのとき、直接にではないが、遠まわしに、その下で働いてみないか、という話をもらったことがあった。

いま思えば、それとて『壷中』の人間による、孔明の取り込み工作であった。
もちろん、当時の孔明はそんなことは知らない。
想像すらしていない。
黄承彦の娘を娶《めと》ってからというもの、自分の家庭の内情が筒抜けのため、孔明が気の進まない外出を断る理由である、
「弟の看病」
が使えなくなってしまったので、蔡瑁に会うにしても、しぶしぶ舅《しゅうと》に従ったのである。

蔡瑁の評判は、襄陽の外、司馬徳操の私塾でもわるくない。
黄承彦の婿だというので、蔡瑁は孔明を雇うにあたり、好条件を出してくれた。
だが、孔明の心は、まったく動かされなかった。

蔡瑁は仕えれば、もしかしたら劉備よりも仕えやすい主になるかもしれない。
蔡瑁は世事に長けている。
要領がいいのだ。
その下にいたならば、世間がうらやむような、よい思いができるだろう。
金も、権力も、女も、思いのままだ。

しかし、それがなんであろう。
もともと、報酬には惹かれない。
叔父の遺してくれた財産は、兄弟で分けても、おつりがくるほどのものであったし、孔明は稼げるからといって、つまらぬ仕事に手を出して、おのれの名を安く売り出すつもりはなかった。
たとえどんなに世間に笑われようと、心から納得できる主に仕えたい、というのが夢であったのだ。
そのうえ卑屈な仕事で満足するより、損をしてでも大きな仕事に取り組むほうが、孔明にはよろこびであった。

なにより、蔡瑁や舅だけが喜ぶ立場の者になるのは、世の光たれと、期待をこめておのれに字《あざな》を授けた、亡き叔父の望みに反すると思ったのだ。
黄承彦としては、婿を蔡瑁の配下にすることで家門の安定を得ようと、どうしても話をまとめたかったようである。
だが、孔明のほうは、最後に蔡瑁に会ったのをきっかけに、舅と襄陽、どちらとも距離を置くようになった。

「まったくもって残念だ」
蔡瑁は、わざとらしく大きくため息をついて、くりかえす。
孔明に、おのれの過ちを見せ付けるように。

殺すつもりか。
孔明は構えたが、蔡瑁はなにも手を出してくる様子はない。
「儂は、これでも貴殿のその目が好きであったよ。
人を見下しているような眼だと評する者もいるようであるが、儂はそうは思わぬ。
貴殿の目は、龍の名にふさわしい物だ。恐ろしく澄明で、尊大で、容赦がない。
これほどの若者を手元に置くことができたなら、と思ったこともあったのだが」
蔡瑁は口元に笑みを浮かべたまま、しかし顔の上半分は悲しそうな顔をする、というむずかしい表情を浮かべつつ、首を振る。
そうして、三度目の
「残念だ」
を口にした。

つづく



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