はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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実験小説 塔 その16

2018年12月22日 10時19分29秒 | 実験小説 塔


「そういえば、俺は記憶をなくしてから、自分のことばかりを聞いて、あんたのことを聞いていなかったな」
「最初に話しただろう」
「簡単な経歴と、いまの状況だけだろう。琅邪の出自だというが、どうして劉予州にお仕えすることになったのだ?」
「話すと長くなりすぎるので話したくない」
「そうかい。それじゃあ、まあ、なにか事情があってともかく劉予州の軍師になったとして、あんたに家族はいるのか。やはり成都にいるのか」
「弟夫婦がちかくに住んでいる」
「あんたの妻や子どもは」
「子どもはわんさかいるが、妻はいない……いや、とりあえずいることになっているが、いつもいない」
「複雑な家庭環境のようだな。では子どもの面倒は、だれが見ている?」
「子どもたちはみな利巧でね、とっくにひとり立ちしているよ」
「あんたいくつだ。いくつのときに、そんなにたくさん作った」
「二十八のときに、突然増えたのさ」
「きのこじゃあるまいし、子どもがそんなにほいほいと増えるものか。俺をからかうな」
「からかっちゃいないよ。子どもはたくさんいるのだ。とびきり口の悪いのを筆頭に、何人も」
「よくわからんが、まあ、子どもがたくさんいるとして、そうだな、あんたの好きなことは?」
「機織」
「またからかう。女の仕事ではないか」
「なんだか昔にそういわれて、ずいぶんと反論した記憶があるが、あらためて言おう、機織を女の仕事だといって舐めてはならぬ。さまざまな糸を駆使して紡ぐあの作業に没頭していると、それまで導き出せなかった問題の答えが、とつぜんにふと思い出せるときがあるのだよ。
とはいえ、あまり機屋に閉じこもっていると、繊維が肺によくないのか、咳が止まらなくなるから、あまり多くの時間を割けないのが残念だ」
「そうかい。やっぱりあんたは変わっているな。ほら」
「何のつもりだ? 女の仕事をするやつには、女のようにあつかってやれとでも?」
「悪く取るな。さっきから足を引きずっている。どこか捻ったのか? ここから、また上りがつづく。手を引かれていたほうが楽だろう」
「たしかに楽だが、さっきも言っただろう。子どもじゃあるまいし、なにが悲しくて男に手を引かれなければならぬのだ」
「俺が女でなくて残念だったな」
「気味の悪いことを言うな」



「ほら見ろ、マメがこんなにできて、しかも潰れている。割れかけている爪もあるではないか。なんだっていままで黙っていた」
「早いところ出立したかったからな」
「しかしこの足の肉付きからして、あんた、普段からあんまり動いていないな。だからこんなに白いわけだな」
「なにやら不穏な気配をおぼえなくもない発言だが、あえて流そう。わたしの足から手を離せ。軟膏を塗るくらい、自分でする」
「妙な意味はないぞ。ほら、その軟膏の壷を貸せ。膿んだらやっかいだ。
あまり無理しないほうがいいな。この山道を越えたら、また集落があるそうだ。そこで馬を借りることにしよう。
それまでは、そうだな、あと少しのようだし、負ぶってやってもよいが」
「却下」
「なんだ、歩いたら痛いぞ」
「だからといって、まったく歩けないわけではない。足のマメなんて、そんなもの、歩いているうちに自然と治る」
「急いでいるのに、よちよち歩きでどれだけ進めると思う。あの女のほうがよっぽど早く先に進んでいるぞ。
そうだな、あんたをここに置いて、俺が先に馬を連れて戻ってくるというのもあるが、さっきのような連中がまた出ると厄介だ。やはりここはおぶって」
「だから却下。ほら、歩ける」
「見ていて痛々しいのだが」
「見なければよかろう。さあ、前だけを見て歩け、東へ帰る予定の男! と、言っている端から、なぜわたしの手を取る。わたしは子供か、離せ!」
「急いでいるのだろう」
「急いでいるが、それとこれとは別だ」
「一緒だろう。まったく、ほんとうにわがままだな。肩書きは軍師将軍といったか? そんな重役を、よく勤めているな。周囲はきっと疲れ果てているだろうよ」
「ほーお、わたしにそんな嫌味を言えるまで余裕が出てきたか」
「なんだか、記憶をなくす前の俺の苦労が、判ってきた気がする」
「なにか言ったか?」
「べつに」
「言っただろう」
「あんたの真似さ」





「宿の主に完全にかん違いされているぞ。ほかにも部屋は空いているのに相部屋だし、なにやら意味ありげににやにや笑っているし、わたしの顔をじっと見て、嫌味にも『なるほど』と言った。
それもこれも、あなたがわたしの手を引きつづけたあげくに、宿につくなり、湯を用意させてわたしの足を洗ったのがいけない! 普通はそこまでしないぞ、このお節介!」
「親切にしたのになぜ怒るかね。かん違いとは、どういう類いのかん違いだ」
「と言いながら、指を鳴らすな、指を! ああ、もしかしたら反動は、わたしの身に起こっているのかもしれないな」
「なんだ、この程度なら、俺は東に帰らなくてもよいのでは」
「帰れ。さようなら」
「冷たいやつだな」
「そうさ。わたしは、あなたの屋敷の氷室の氷よりも、なお冷たい嫌なやつなのだよ。だから、あれこれ世話を焼く価値もないのだ。放っておいてくれ」
「ほう、俺の成都の屋敷には、氷室があるのか。めずらしいな」
「感心するな。ちゃんと聞こえたか?」
「聞いた。ところで馬だがな」
「聞いてないだろう」
「聞いているとも。というよりも、あんたの言葉の聞き方がわかってきた。『話半分』だ」
「なんだそれは」
「憎まれ口のほとんどが、本音じゃないからさ。いまここで俺が東に帰ったら、いちばん困るのはあんただろう。その足では石も取り戻せないだろうし、旅人を狙うろくでなしどもを振り切ることもむずかしい。つまり、俺はあんたと、もうしばらく一緒にいなくちゃいけないということさ。
あんただって、それがわかっているのだろう。わかっていてわあわあと俺に当り散らす。あんたは、わざと俺を怒らせたいのだ」
「そんなことはない。そんなことはあるものか。わたしはほんとうに怒っているし、あなたにも我慢ならない。鈍感で、お節介で、そのうえ、えーと、えーと、ともかく、なんだ、いろいろ面倒!」
「ほらみろ、やっぱりわざとだ。それで、馬なのだが」
「ちゃんと聞いているか? わたしは常に本音を喋っている!」
「はいはい。で、馬だが、天水までなら貸してやってもいいという商人がいる。その代わりに、荷物を一緒に運ばねばならないが、徒歩よりもよかろう。
というわけで、明日からは楽になるぞ、よかったな」
「ああ、嬉しくて涙が出そうだよ。早いところあなたと手を切って、石を取り戻し、一人でのんびりゆったり塔へ向かいたいものだ。
なぜ笑っている。本気だぞ!」



「いい天気だな。このあたりの気候はずいぶんと成都とちがう。晴れとなると、からっと晴れる。心地よいものだ」
「成都の天気はおぼえていないが、たしかろくに太陽のささない薄曇りばかりがつづく土地だと聞いた。そんなふうで、住み心地はいいのか」
「これが、慣れると、あまり気にならない。わたしは蜀の地が好きだ。民は素直な気質で、義理堅く一本気。迷信深いのがたまに瑕だが、あの土地には、たしかになにかがいるかもしれないと思わせる、神秘的な空気がある」
「俺はどんなふうに過ごしていた?」
「さてね、よくは知らない。馬の世話ばかりしていたのではなかったかな」
「俺はいい年だと思うが、妻帯していなかった理由はなんなのだろうな?」
「それも知らない。たぶん、流浪生活のときに、必要なものは最低限でいいという規則を自分のなかにこさえたからではないのか。
それよりも、女の足取りだが、どうやら、ろくろく休みもせず、ひたすら西へ向かっているものらしい。やつれた身なりの女が、なにかに追われているように西に走っていたのを何人も見ているそうだ」
「身づくろいも構わなくなっているのか。かえって目立ってしまうだろうに、どうしてそうも急いで西へ向かっているのだろう」
「わたしが話を聞いた農婦のひとりが、女の様子があまりにおかしいので、声をかけたそうだ。どこからか逃げてきたのかい、とね。すると女は、これ以上なにも起こらないように、早く西の塔へ行かなくちゃいけないと言っていたそうだ」
「これ以上なにも? それは、反動のことだろうか」
「どうとでも取れる発言だが、そうではない気がするよ。女の評判はどこへ行ってもいい。どんな病人であろうと、真心をこめて助けようと懸命に尽くしたそうだ。
そういった女を支えていたのが夫だったのに、その夫が石のために死んだ。もしもわたしがその女だったら、こう思うだろう。『石が世にもたらす災禍を止めねばならない』と」
「おのれ一人ですべてを背負おうというのか」
「夫を亡くし、自暴自棄になっている可能性もある。哀れだと思わないか。本当に仲のよい夫婦だったそうだよ。石に出会いさえしていなければ、苦難はあっても、かれらなりの幸せをつかんで生きていけたかもしれないのに。
やはり、石は塔に戻すべきだ。けれど、その役目はわたしがする。
女は石を使い続けることによって、みずからの身を滅ぼそうとしているのかもしれない。
だとしたら、あまりに哀れだ。止めなければならないよ。恨まれるとしてもだ」
「そうか」
「なんだ」
「いや、いまのが、あんたの本音であり、本質なのだろうと思っただけさ」





「女の足には翼でも生えているのかな。それとも、もしかしたら四番目の石に、一日千里を駆ける足がほしいとでも願ったか」
「いや、そうではなかろう。ときどき、女を見たという証言が途切れて、そのあとしばらく行くと、また証言が得られる。
おそらく、女は、このあたりの地理に習熟しているのだよ。地図にも載っていないような道をいくつも知っているのだ。だから、ひたすら街道を行くわれわれよりも常に先行している」
「なるほど、それならば、女一人であろうと、無事に通れる道を知っているのかもしれない。関所があろうと、そこを通過しなくてすむ道を知っている可能性もあるわけだ」
「それに、土地のものは、女に恩義がある。山賊すら、女には目こぼしをしているのかもしれないぞ」
「孔明、最初の関所は、あんたが用意よく持ってきていた偽の通行手形でやり過ごしたが」
「馬平元」
「うん? 元平ではなかったか」
「む、そうであったかな。ともかく、孔明はだめだ。ここはもはや、完全に敵地だ。陳倉にたどり着くまで、その名を口にしてはならぬ」
「陳倉で部曲を雇うという、その気は変わらないのか」
「変わらない。陳倉で、あなたは東に向かえ。街道沿いに、ひたすら東へ行くのだ」
「俺は、どうしても、常山真定に向かわねばならないかな」
「どうしてもさ。家族に逢いたいとは思わないのか? 言っていたではないか。どんな顔をしているのか見たいと」
「言ったし、たしかにそう思うが、俺ひとりで行くのか」
「あたりまえだ。わたしが同行してどうする。このあたりは辺境といっていい土地であるから、わたしもこうして堂々としていられるが、常山真定ともなるといくつも大きな街を通過せねばならぬ。わたしの顔を知っている者も出てくるかもしれない。
万が一、捕らえられた場合はただでは済まぬ。下手をすれば人質、悪くして見せしめのための処刑だ」
「俺はどうなる。記憶をなくしていようと、名前を変えようと、顔を覚えられているかもしれないぞ」
「だから、あなたは大丈夫だ。ともかく、陳倉に向かうまでに、女に追いつかねばならないな」

つづく……


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