はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その81 ある男

2022年12月09日 10時09分43秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章


小用を足すために夜中におきだして、表の厠《かわや》から、寝起きで夜風になれぬ体を抱きしめるようにして部屋に戻ろうとした男は、門扉《もんぴ》の外で、人々がざわざわと騒いでいるのに気づいた。
なんであろうかと訝しみ、門扉を出ると、近所の顔見知りが、あきらかにうろたえてほかの近隣の住民と話し合っているのが目に入った。
「おい、どうしたね」
声をかけると、顔見知りの男は、馴染みの声にふりかえり、物いわぬまま、指で上空を示す。

城の方角だ。

男は、顔見知りの示す方向を見て、異様な光景に、顔をしかめた。
夜の帳《とばり》に包まれた町とはうらはらに、城だけは茜色にそまっている。
そこだけが夕刻から時間が動いていないようにさえ思えた。
城が燃えている。
夜風にまぎれて、はげしい剣戟の音、喚き声が聞こえてくる。
しかし、激しく動きがあるのは城内だけで、城の周囲はいつもと同じように、しんと静けさにつつまれていた。

ほとんどの家の住民は、城の異常に気づかず、寝入っているようだ。
「なにがあったのだい、こりゃあ」
「わかるものか。俺は生まれたときからここに住んでいるが、こんなことは初めてだ」
城でなにかが起こっている。
それは、無知な町人にさえはっきりとわかる。

男は、自分の部屋にはかえらず、そのまま、夜闇にまぎれるようにして、ある場所へと向かった。
男は行商人だった。
定期的に町と町を移動しては、借家に長期間滞在し、商いをする、という生活をしていた。

どくん、どくんと鼓動がはげしい。
耳のすぐそばに心臓があるのではないか、というほどだ。

夜道を進む男の足は、いつしか早足から、駆け足になっていた。
迂闊《うかつ》であった。
男は自分の鼓動が、報告が漏れたことにたいする叱責をおそれてのことか、いよいよ動きがあったと報告できることに対しての緊張感か、判断がつかなかった。

目指す一角は、ごくごくふつうの民家であった。
整然とした佇《たたず》まいが好ましく見える。
玄関のまわりがきれいに掃き清められているのが、月光の下でもわかった。

男は慣れたふうに、木戸をくぐる。
そして家の戸をとんとんと叩き、来訪をつげた。

ほどなく、音もなく戸が開いた。
中から、隠士ふうの、温厚そうな、横に長い顔をした男が顔を出した。
男が開いた戸の隙間から、戸を叩く音で目をさました赤子の泣き声がする。
一瞬だけ、隠士の妻らしい女が、赤子をあやしながら隠士のうしろを通り過ぎていった。
赤子の声が遠ざかっていく。

それをまったく無視して、隠士は厳しい顔でたずねた。
「如何《いかが》した」
「城内にて、何事か発生した様子でございます。
城内じゅうを篝火で照らし、なにやら戦闘が行われている様子。
火事も起こっているようです」
「まさか、内乱か? 劉州牧が死に、蔡瑁が動いたか?」
「わかりませぬ」
「うむ。劉州牧が長くはもたぬであろうことは読んでいたが、早かったな。
急ぎ曹公にこのことをお伝えせねばならぬ。いよいよ時機が到来したと。
われらはこの機に城内に雪崩れ込むぞ。
いそぎ、みなに支度せよと伝えよ」
「わかり申した。長《おさ》、いよいよでございますな」
長と呼ばれた隠士ふうの男は、うむ、と感慨深げにうなずいた。

男の知る長は、胸のうちに過るさまざまな感情をすべて押し殺して、じっと耐えているような風情の男であった。
男が知る限り、この長ほど忍耐強く冷徹な男はいなかった。
だから男は、襄陽城の異変の報に、顔を紅潮させている長を見て、素直におどろいた。

「今日、この日をどれだけ待ち焦がれたことであろう。
やつが隙を見せるときを待っていたのだ」
「まこと、そのとおり。隙を狙って劉州牧に近づいても、『壷中』に阻まれてしまう。
逆に『壷中』を絡め取ろうとしても、かれらは、捕らえられたとしても、たいがいは、すぐに自害してしまう。
自害させずに捕らえても、どんな拷問にも口を割らぬ。
それゆえ、いままで、劉州牧の身辺を探ることは困難をきわめておりました。
曹公すら、劉州牧を攻めあぐねておられたほどです」
行商人のことばに、長は大きくうなずいた。
「だが、奴は病に倒れ、もはや死人も同然。
城内でも乱がおこっている様子。すべてが清算される。
目障りな劉氏を打倒し、曹氏が天下を取るための好機がやってきたのだ。
よいか、いまこそ襄陽城の実態を正確につかみ、われらは内部より襄陽城を揺さぶる。
われらはわれらなりに、曹公をお助けするのだ」

男は、長のことばに深々と頭を下げた。
いよいよだ。
そう思うと、心が躍った。

つづく


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