はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その85 それぞれの決意

2022年12月13日 10時13分37秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
決然とした趙雲のことばに、子供たちは顔を見合わせる。
その顔には、あきらかに恐怖と動揺がある。
『狗屠《くと》』は、仲間たちからも恐れられている存在らしい。

白髪《はくはつ》の子は、ざわめく子供たちを鎮め、言った。
「鎮まれ、おまえたち。いまの話を聞いたであろう。
まずは、われらだけで間道を抜けるぞ。
『狗屠』はこの方々が捕らえてくださる。
なれば、恐ろしさも半分だ。
各自、得意の得物を持て。いそぎ出立するぞ。目指すは新野だ」

趙雲が、子供たちをあつめつつ、言う。
「時間がない。子供たちは間道に逃がし、それから花安英《かあんえい》と『狗屠』だ。
花安英は蔡夫人のもとへ行ったのだろう? 軍師、蔡夫人の部屋はわかるか」
「だいたいの場所はわかるよ。しかし」
孔明の心情を察してか、白髪の子が言う。
「わたしたちは、自力でなんとかいたします。
それよりも、花安英を助け、『狗屠』を止めてください。
あの恐ろしい奴が、同じ地上で息をしていると思うだけで、わたしたちは生きた心地ありませぬ」

白髪の子の言葉に、子供たちは、そうだ、そうだと、つぎつぎと肯いた。
「『狗屠』は、蔡夫人の部屋に潜《ひそ》んでおります。
あれの望みは、花安英の望みとは似て非なるもの。
花安英は騙されているのです。
花安英は、われらにも母を殺してやりたいとうそぶいておりましたが、じつは口で言っているほどには、蔡夫人を殺したいほどには憎んではおりませぬ。
あれは『狗屠』に泣きつかれて…弟のために、弟を狂わせた母に報復をせねばならないと、思いこんでいるのです。
しかし『狗屠』の狙いは、報復などではありませぬ。
『狗屠』は、ばかげた妄想に取り付かれているのです」
「ばかげた妄想とは?」
「『狗屠』は自分を劉氏の末裔と信じています。
許都にいる帝を弑し、代わりに帝位につくことを夢見ているのです」

孔明は唖然として、白髪の子をまじまじと見た。
「そんなバカげた妄想にとらわれているのか。
仮に『狗屠』がまちがいなく劉州牧の子だったとしても、帝位なぞうかがえる立場ではない」
「『狗屠』もまた、曹操の手下にそそのかされているのです。
わたしをこのような身にした連中とです」
「待て。君を変えてしまったのは曹操ではないのか」
「たしかに曹操です。ですが、曹操にじかに命令を受けている者とは別に、細作を束ねる組織があるのです。
無慈悲な恐ろしい連中です。
そも、わたしがそいつら捕らえられたのは、そいつらにそそのかされた『狗屠』に売られたからでした。
それを花安英は知らないのです。
今日まで、わたしは声を失い、秘密の牢に監禁されておりましたから。
曹操は目的のためなら手段をえらばないのです。
たとえ、末端がどれほど暴走しようと、それがおのれの目的にかなうようなら、捨て置く。
そういう男です」
「きみをこのような体にした者たちの名はわかるか?」
「わたしを変えた者たちは『無名《むめい》』と呼ばれておりました。実態もなく、名もわからないため、『無名』というのです」

「軍師、詳しく聞くのは、すべてが終わってからでよかろう」
趙雲のことばに、孔明は仕方なく引き下がる。
白髪の子は、ふたたび顔をあげると、その白濁した痛ましい目を孔明らに向けて言った。
「花安英は『狗屠』の本音をしりませぬ。
哀れなのは花安英でございます。
どうぞ、助けてやってください、お願いです。
かれがいたから、われらはいままで『狗屠』から守られてきたようなものなのです」

趙雲と孔明は顔を見合わせた。
花安英のいままでの様子からは、後輩たちにこれほど慕われているとは、想像できなかったのである。

「『狗屠』の真の狙いが、帝位につくことというのはわかった。
では、潘季鵬《はんきほう》はなんなのだ?」
それは、と言葉をにごし、白の者と子供たちは顔を蒼くする。
「潘季鵬が『狗屠』を操っているのか?」
「潘季鵬は、『狗屠』を持て余しております。
はじめは、『狗屠』は単純な性質なので、あつかいやすい手駒だと思い込んでいたようです。
しかし『狗屠』はみずからも五石散《ごせきさん》を飲み、ますます変わってしまった。
ほんものの、血に飢えた化け物になってしまったのです。
そして、おのれの血の秘密を知っているだろう実の父親と母親を殺そうと考えているのです」

「実の父母をなぜ殺さねばならぬ」
憤りなかばに趙雲がつぶやく横で、花安英の話をさきに聞いていた孔明は、『狗屠』の意図がわかった気がした。

蔡夫人によって、『狗屠』も劉表のいけにえにされたのだ。
深い傷をこころに負ったのは想像にかたくない。

「なるほど、『狗屠』の正体はわかった。
奴のことは任せるがよい。花安英もかならず助け出す。
君らは間道を急げ。われらも後から行く」
「ご武運を」
花安英とおなじことばを白髪の子が言う。
孔明は、その光を宿さぬ双眸をまっすぐ見て、答えた。
「君らも、かならず生きよ。そして新野で会おう」
白髪の子はそれを聞くと、はじめて、笑顔を見せた。
その笑顔は、悲しいくらいに、親友の崔州平《さいしゅうへい》によく似ていた。





「あなた、出立ですの?」
ようやく赤ん坊をあやしつけた長《おさ》の妻は、無言のまま身支度をはじめた夫に声をかけた。
「ようやくあなたの本願《ほんがん》が叶うのですね」
「そうだ」
襄陽城の方向を見つめたまま、長…崔州平はいった。
崔州平は、すべて妻には語っていた。
口の堅い、信頼できる唯一の身内である。
妻もまた、『壺中』のおぞましさに震えあがり、州平に深く同情してくれていた。

襄陽城の上空を焦がす赤。
ときおり聞こえる叫びは、断末魔のそれか。

「程子文《ていしぶん》が殺され、麋竺どのらが逃げざるを得なくなってから、どうすべきか思案していたが、そのまえに龍が動いたのだ。
すさまじいとは思わぬか。
十余年、だれも手出しできなかったものを、あいつが動かしたのだ」
「孔明さまのことですの?」
「中心に動いたのがあいつでなかったら、こうも鮮やかな結果はでなかったであろうよ」

「麋竺さまたちが心配ですわね。大丈夫でしょうか」
「かれらなら、俺よりうまくやっただろう。
もう襄陽を離れているはずだ。
それより、おまえのほうも支度をたのむ」
「荷造りなら、できておりますわ」
妻のことばに、崔州平は笑みをこぼして振り返った。
「おまえは、よくできた妻だ」
州平の妻は、夫のことばに、うれしそうに微笑む。
「最初の手はずどおり、わたくしたちはさきに、子供たちとともに、曹公の元に参ります。
わたくしが郎君に教えていただいた『壷中』の情報を語れば、曹公はわたくしたちをもてなしてくれるでしょう。
恐れることはなにもございません。それよりも」
州平の妻は顔を上げる。
「きっと、わたしたちの元へ帰ってきてください。
そうして、新天地で、家族そろってやり直しましょう。
わたくし、いつまでもあなたをお待ちしております」
「そなたは、ほんとうに俺には過ぎた妻だ。
かならず帰ってくる。
中原で、みんなで笑って暮らそう」
そう言うと、崔州平は妻を抱きしめた。


涙の章 おわり
太陽の章につづく

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そして、涙の章、本日にて、おしまい。
つづく太陽の章が明日からはじまります。
今日までの累計文字数はなんと30万文字!
文庫本3冊分だそうです、みなさま、ここまでお付き合いくださり、ほんとうに感謝です。
明日からもたゆまず連載していきますので、どうぞよろしくお願いいたします(*^▽^*)
でもって、これから電車に乗ってお出かけ…そろそろ出発です。
張り切って行ってきます! ではまたお会いしましょう('ω')ノ


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