はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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おばか企画・心はいつもきつね色 試験編・2

2020年10月28日 09時44分31秒 | おばか企画・心はいつもきつね色



法正は、混乱の中にいた。

なぜに法正ともあろう者が、わけがわからぬ状態に陥っているかといえば、このマスク、じつは法正の顔とあまり一致しておらず、視界がひどく狭い状態になっているのだ。
さらにマスクの内側にこもる熱のせいで、頭がぼーっとしており、まともな思考が働かないことがわざわいした。
そのため、悲しいことに、門扉に飾られた、『左将軍府事 義兄弟選考会』の文字が読めなかったのである。
マスクのせいで、顔ばかりが妙に熱い。
もしやこのマスク、発熱素材でできているのではあるまいな、とあやしんでみる。
これ以上、顔やせしたら、キツネどころか、ひっくり返した三角フラスコだ。
そうして、答案用紙を手にとって、そのてっぺんにある文字を見た法正は、首をかしげる。

『筆記試験・答案用紙』

はて、面妖な。
左将軍府では、陳情者に試験を受けさせてから、陳情を聞く仕組みにでもなっているのだろうか。
うむ、あの石橋を叩いたうえに十分に補強作業をさせ、耐震構造なんぞを調査してから、ようやく歩をすすめる、あの軍師将軍らしい発想ではある。
孔明の、若さにまかせて、はじけてみるということをしない、年齢に見合わず、妙に老練なところが、法正はきらいだ。
要領がよいというふうにさえ、思えてしまう。
一方の法正は、劉璋を追い出し、劉備を招き入れるという大博打を、中年になってからおこなっている。
劉備に仕えるまでの人生というのは、法正にとっては、人生のながい予行練習のようなものだった。
法正としては、いまこそが人生の春、いや、青春と言いかえてよいだろう。
だからこそ余計に、人が苦労して為した事業に、あとからやってきて乗っかった(ように見える)孔明が気に食わないのである。

軍師将軍のことはよい。この問題がなんだという。
適当に答えてはイカンのか?
周囲を見まわせば、どの顔も真剣だ。
そこまでして軍師将軍に陳情を聞いてほしいというのか。
ええい、軍師将軍よりも、わたしのほうが、ずっとずっとずーっと権限を持っているのだぞ。
それなのに、どいつもこいつも、娘や息子まで軍師将軍がよいという。
あやつとわたしの差はなんだ?  
出自か? 若さか? 顔か?
法正の脳裏には、温泉へ旅立つ息子が、声をかけても、ふいっと横を向いて返事をしてくれなかったことが浮かぶ。
悲しくなって思わず泣きたくなるが、ここは敵地・左将軍府。
ぐっと堪えて、涙がこぼれないように目に力をいれた。
前方で、
「ぎゃあ! 渋怖い!」
などという間抜けな声がするので見れば、試験中だというのに、こちらを振りかえって様子を探っていた費家の馬鹿息子であった。
法正はひやりとする。
もしや、費家の馬鹿息子、思ったよりは馬鹿ではなく、こちらを怪しんでいるのではないか?
いかん、これはあくまで陳情者のフリをしなければ。これほどの人があつまっているなかで正体を明かされ、マスクを奪われてみるといい。末代までの恥。それこそ自殺モノである。
それにしも、じつに面倒な。周囲の空気に呑まれて、なんとなく試験の会場まで来てしまったが、このままでは普通に陳情を聞く軍師将軍にあって、普通に帰ることになってしまう。それでは、なにもわからぬぞ。
せっかくこの目で確かめたいと思って、変装までしているというのに、それでは勿体なかろう。
ここはひとつ、得意の策を用いるとしようか。
法正は、とりあえず生真面目なところをみせて、試験にとりくんだ。



● 劉巴&許靖入魂の試験問題の代わりに、みなさまはこちらをドーゾ●

あなたのキツネチェック!

○の数を指折り数えてくださいませ。あなたのキツネ度がわかります。

○ ホウセイといえば、縫い物でも大学でもなく孝直だ
○ 仲達や曹操が主人公の漫画があるのなら、近いうちに法正が主役の漫画も登場するはずだと信じてやまない
○ ふくろうの「ホーホー」という鳴き声は、法正を讃えているものだとあえて主張してみせる
○ コー○―の無双シリーズに法正を加えるべく、詳細な計画案の書かれたユーザーアンケートを提出した(2006年時点)
○ 法正が長生きさえしていたら、丞相の座についたのは孔明ではなく、三国志演義の扱いも主役級になっていたはずだと語りだしたら一晩止まらない
○ 法正を讃えるポエムをつくったことがある、あるいはつくる予定だ
○ 敵は滅ぼせ。身内ごと。
○ 人間、ほどほどに残酷さもひつようだ
○ いざとなれば劉備のために盾となることも辞さない法正バンザイ
○ じつはわたしが法正だ

○が十個だった→ありえません。
もう一度、鏡の前でじっくりと「テクマクマヤコン」と唱えながら、冷静になってチャレンジしてみてください

○が九個~七個→ノイローゼかもしれません。え? 断じてチガウ? 失礼いたしました。
あなたは立派なキツネマニアです。これからも独自の世界を守りつつ、世に法正の素晴らしさをひろめてください。法正の未来はあなたの双肩にかかっています。

○が六個~四個→妥当なところで本物の法正好き? 
国語の教科書に掲載されていた「ごんぎつね」に泣いた日々をなつかしみつつ、法正のためにのこりの人生を歩いてみませんか。
え? 断る? 残念です… 

○が三個~一個→限りなく法正に似ているあなた。
しかし、もう一歩のところでマニアには届かない様子。あなたに足りないものは、思い切り? 大胆さ? それとも残酷さ? 憎まれ役をあえて買った感のある、法正の強靭な精神を参考に、残酷道をめざしてください。すべての道はローマに通ずのことわざどおり、いつか法正の境地がわかるかもしれません。

○がゼロ個→無関心。それは愛の対義語。
危険です。要注意です。法正は世に必須なビタミン、あるいは社会のスパイス。かれがいなくちゃ、劉備の人生は本当に変わっていたはず。まずは正史三国志を温かい目で読むことからはじめましょう。





ほうぼうで、来場者が机に向かって必死に手を動かしているなか、法正は、誰より早く筆記用具を机に置くことができた。
試験の出来栄えは完璧である。
そして、顔を上げると、試験官らしい、左将軍府の若者(さいわい、法正はその男を知らなかった。知っている人物であったら、正体がばれることが恐ろしくてなにもできなかっただろう)によく見えるように、手を挙げた。
若者が近づいてくると、法正は顔をしかめて、なるべくいつもの甲高い声に似ないよう、低い、くぐもった声で訴えた。
「すまぬ、急に腹が痛くなった」
「試験終了まで我慢できませぬか」
「無理だ。このままここに留まれば、とんでもないことになるぞ」
とんでもないこと、の一言が利いたらしい。
若者は大いに顔をしかめながらも、最終問題までおわっている答案用紙をちらりと見た。
「いかなる者であろうと、試験終了までは会場を出てはなりません。もし会場を出る場合は、失格ということになるのです」
融通が利かぬ。
袖の下を渡すにも、あまり効果のなさそうな、頑固っちい面構え。
さて、どうしたものかと、腹痛のフリをしつつ法正が考えていると、若者は、周囲に聞こえないよう、顔を近づけて、法正に言った。
「しかし、見れば、試験はすんでいる様子。試験番号は119番ですね。よろしい、ここに戻らないというお約束でしたら、試験を受け終わったということにしてあげましょう」
法正は、ほっと安堵し、腹をさすりつつ、エビのように前かがみになって、席を立った。
若者が、机の上の答案用紙を回収しているのをうしろに、会場をあとにする。
うむ、よい奴であった。
しかし、いかなる理由があれ、上からの規則を、勝手に破るとはけしからん。
わたしの部下であったなら、罷免だ、罷免。
そんなことを考えつつ、法正は左将軍府の中に潜入した。

つづく……

(サイト・はさみの世界 初出・2006/03)


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