はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

番外編 甘寧の物語 その5

2024年02月26日 09時56分02秒 | 番外編・甘寧の物語



そんな甘寧を見かねた蘇飛《そひ》が、あるとき、こっそりと甘寧を自邸に呼び寄せた。
月見をしようというのが表向きの理由であったが、ほんとうは、そうではない。
蘇飛は、甘寧を身近に呼び寄せると、ささやいた。
「興覇どの、あなたは、もうお若くないでしょう」
なにを言い出したのだろうと思いながらも、甘寧はたしかにそうだ、と答えた。
「人の寿命は、あっという間に尽きるもの。
いまのこの世の中で、高い志を持ちながらも、運に恵まれず、埋もれたまま死んでいった者たちの、なんと多いことか。
ときに、あなたは禰正平《でいせいへい》という人物をご存知か」


その名を知らないものは、この夏口には存在しないのではないかというほどに、禰衡《でいこう》、字を正平《せいへい》は、有名人であった。
もとは曹操に仕えていたのだが、言動が放埓にすぎたために嫌われ、劉表への使者になる。
そこでも嫌われて、最終的に黄祖のもとへ厄介払いされた、いわくつきの人物である。


「禰正平どのは、なかなかの才人でありました。
傲慢な男でありましたが、それは一方で、純粋で正直にすぎたからだと思うのです。
わたしは、かれが、度量のひろい人物と出会えていたなら、その性質も矯正され、本来の力を引き出せていたのではないかと思っております。
ところが、わが君は、禰正平どのの言葉がゆるせぬと言って、くびり殺しておしまいになった」
「それは聞いております。無惨な最期であったとか」
「左様。しかし、わたしが見るところ、興覇どのも、かれと似たような道をたどりつつある気がしてなりませぬ」


おれが禰衡のように、ひどい最期をむかえるというのか。
なぜ、こんな不快な話題を持ち出すのだろう。
甘寧が蘇飛の気持ちをはかりかねていると、蘇飛は、顔をぐっとちかづけて、さらにささやいた。
「あなたは、この田舎でくすぶっていてよい人物ではない。
わたしが協力してさしあげます。孫権のもとへお行きなさい」
甘寧は目をみひらいて、蘇飛を見た。
蘇飛は覚悟をきめた顔で、こくりと一回だけうなずいた。


蘇飛の計画とは、こうであった。
黄祖が甘寧を厚遇することは、おそらくは、もうない。
そして、いま、黄祖は、甘寧の子分たちのなかでも、見どころのある者のほとんどを引き抜いたので、満足している。
その油断を逆手にとる。


蘇飛は言う。
自分から、甘寧を片田舎の県長にすべしと進言するという。
黄祖がそれを受けたなら、甘寧は田舎に引っ込むふりをして、すぐさま江東に向かえばよい。
夏口にいるから、黄祖ににらまれて、身動きがとれないのだ。
しかし、夏口から離れてしまえば、あとはしめたもの。


「東に近い、邾《ちゅう》県が適任でしょう。
あそこからなら、江東は目と鼻の先です。
よろしいか、なるべくわが君には悟られぬよう、慎重にお行きなさい」


甘寧が驚いたことには、蘇飛はすぐさま計画を実行に移した。
さっそく黄祖に進言して、夏口から、さらに長江を東にむかった川沿いの町の県長の役目に、甘寧を推薦したのである。
蘇飛の読みは当たった。
黄祖からすれば、甘寧は側に置いておきたくない人物だった。
それを田舎に追いやれるならば、ちょうどいいと思ったらしい。


甘寧は蘇飛に感謝した。
蘇飛が、危ない橋を自分のために渡ってくれるとは、思ってもいなかったのである。
そこで、蘇飛にも一緒に江東に行かないかと誘った。
しかし蘇飛は首を縦に振ることはしなかった。
「わたしはあなたとちがって、わが君から恩を受けている身なのです。
これを裏切って、江東に行くことはできません。
しかし、あなたはちがう。あなたは、ここにいるべき人ではない。
敵味方になってしまうのは残念ですが、これも宿命というものでしょう」


甘寧はそれでもなお、蘇飛を説得しようとしたが、結局、うまくいかなかった。
甘寧はますます蘇飛を尊敬し、いかなることがあろうと、このことは忘れまい、この恩義はいつかかならず返すのだと、心に誓った。







さて、いよいよ江東へ向かわんとした甘寧であるが、残った部下たちだけで逃げることはしなかった。
甘寧は、自分のもとを去った子分たちのことも、気にかけたのだ。
というのも、自分が孫権の側につく以上は、黄祖の運命も、すぐに尽きるだろうという読みがあったのである。
もちろん、そのことだけではない。
曹操が南下してくれば、黄祖の背後にいる劉表も倒れ、おなじく黄祖も呆気なく蹴散らされるだろうという予想もあったのだ。


こうした情の深さが子分たちの心をうごかし、一度は黄祖に与していた者も、ひとり、またひとりと、甘寧のもとへ戻ってきた。
そして、甘寧は、ただひとつ、蘇飛のことだけを気にしながら、ようやく孫権のもとへと向かったのであった。


心を躍らせながら甘寧は江東の地に足を踏み入れた。
しかし、一方で不安がないわけではない。
なにせ、劉璋、劉表、黄祖と、これまでことごとく、冷遇され、期待を裏切られつづけてきた。
しかも、心ならずとはいえ、黄祖のもとで、何度か孫権と刃を交えてもいる。
仕官したいと申し出たところで、わかりましたと、簡単に迎えてもらえるものなのか、どうか。
最悪の場合は、捕らえられて首を跳ねられてしまうかもしれないなと、甘寧は覚悟した。


ところがである。


帰順の意をあらわして孫権に書状をおくった甘寧のもとに、すぐさま返事がやってきた。
返事を寄越したのは、孫権ではなく、孫権の家臣のひとり、呂蒙からのものであった。


呂蒙もまた、甘寧に負けず劣らず、気性の激しい男である。
少年時代から、成り上がることを夢見て、武器を手に、揚州に出没する異民族たちを討伐する軍に参加していた。
あるとき、軍の役人に、年が若いことを理由に、ひどく面罵されたことがあった。
それが一度だけではなく、二度にわたったため、呂蒙はとうとう堪忍袋の緒を切らし、これを斬り殺してしまったのである。
とはいえ、この殺人には、呂蒙ばかりに非があったのではない。
庇《かば》ってくれる者が多くいて、これが、孫権にとりなしをしてくれた。
そこで呂蒙は孫権のもとに出頭し、そのまま気に入られて、家臣になることを許されたのである。
呂蒙は、それ以来、すっかり粗暴な真似をしなくなった。
おのれをかばってくれた者たちへの恩義を深く感じ、その経験を通して、他者への配慮も学ぶようになっていった。


さらに、呂蒙と甘寧には、似たところがあった。
ただの武辺者ではなく、ひろい視野でもって、天下を見ることができたのである。


つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます(*^-^*)
ブログ村に投票してくださった方も、大感謝です!
やる気倍増! 本日も創作に励みますv
今週もばっちりがんばるぞう!!

甘寧の物語、次回もどうぞおたのしみにー(*^▽^*)


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。