はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その21

2013年08月21日 09時15分56秒 | 習作・井戸のなか
張無忌と兄嫁の仲は、だいぶ前から世間の噂になっていたらしい。
兄嫁という女は、若くて器量もそこそこの女だったが、気の毒なことに嫁いで何年経っても、男の子どころか女の子も産むことができなかった。
それが原因で、婚家のひとびとから、なかばのけ者のような扱いを受けていたというのである。
そんなふうなのに、妻を夫はかばってやらず、外に女を囲って遊んでいる始末。
兄も兄なら弟も弟で、無頼の徒を引き連れては、ちいさな悪事をかさねて、みなを困らせていた。
だが、知恵が多少あり、学問だけはそこそこによくできた。そういった前歴を気にしない曹操が、かつての無頼の自分を思い出し、張無忌を気に入って、召し寄せようとかんがえたのかもしれないが、それはともかく、かれは、乱倫のたちで、街の尻の軽い女たちともかたっぱしから関係を持っていた。
だが、なかば玄人のような女たちとの駆け引きに、ある日、飽きてしまったらしい。
そこで目をつけたのが、すぐ近くにいた女、放ったらかしにされていた、かわいそうな兄嫁だったのである。

張無忌が遁走してしまい、女も死んでしまったので、どうして情事の顛末が悲惨なことになったのかはわからない。
わからないが、徐庶が推測するに、張無忌は出立するときに、女に連れて行って欲しいと頼まれたのではないか。
もちろん、足手まといだし、女にそれほど真剣になっていなかった張無忌は断わっただろう。
ところが女は承知しなかった。
そこで女が、関係を世間にばらすと脅したのかもしれない。
いくら曹操が兄嫁を盗むものでもよし、と言っているとはいえ、じっさいにそうしたことが世間に露見したら、多大な恥をかくのは張無忌のほうである。
かれは、自分の将来を潰そうとしている女をにくらしくおもい、そのまま手をかけて殺してしまった。
放置して行ったのは、おそろしさのために逃げた、というのがほんとうのところではあるまいか。
そして、放置された遺体を追いはぎが見つけ、かわいそうに女は衣をはがされたうえに、井戸のなかに放り投げられてしまったのだ。
これでは、夢に化けて出てきても仕方ない。

孔明の発案で、襄陽でも名の高い道士が呼ばれ、残された上衣をお祓いしてもらうこととなった。
屯所の庭に祭壇を築き、上衣を位牌の前に安置して、花や菓子など女が好みそうなものをたくさん供えて、どうぞおとなしく黄泉路に旅立ってくださいとみなで祈る。
長い線香を焚いて、道士がむにゃむにゃと呪言をとなえはじめる。
徐庶も孔明も劉も、神妙な面持ちで儀式を見守っていた。
呪言が佳境にはいったときである。
とつぜんにぴゅう、と一陣のつよい風が屯所の庭を襲った。
それはたちまちのうちにつむじ風となり、祭壇をかこっていた帳を吹き飛ばし、位牌や線香、花や菓子などをすべてあちこちに撒き散らしてしまうと、さいごに、あの例の碧藍色の上衣だけをさらっていった。
そのさまは、まるで見えない鳥が衣だけを引っつかんで飛び去ったように見えた。
屯所の兵が、あわてて衣を追うが、やはりこれも追いきれなかった。
唖然とそれを見上げる徐庶たちには、衣がばたばたと裾をはためかせて、西のほうへ飛んでいくのがはっきりと見て取れた。

その後、しばらくしてから、張無忌が死んだというしらせが、襄陽に入ってきた。
かれは曹操と面会する直前になって、宿屋にて、だれかに首を絞められて殺されていたのが見つかったという。
下手人はいまもって見つかっていないのだが、奇妙なのは、張無忌が殺されたときに、碧藍色の女物の衣をかぶっていたことだったという。
その衣の端には、だれがつけたか、線香の焦げあとがくっきりついていたとかなんとか。

つづく…


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