はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

井戸のなか その22

2013年08月22日 09時22分25秒 | 習作・井戸のなか
張無忌の訃報を受け取ってから数日後の、ちょうど女の月命日の夜だった。
徐庶は草庵でひとり、横になっていた。
そして、また、夢を見た。

またもや、例の井戸である。
人が使わなくなってひさしい井戸は手入れもされておらず、石畳の隙間にはコケや雑草が生えていて、つるべはかびてしまっている。
井戸の入り口は、孔明ががっちり蓋をさせたはずなのに、また開いていて、そこからひゅううひゅうう、と風が吹き上がっているのだ。
その風のにおいはたまらなく生臭いもので、徐庶はいやでも女の死体を見つけたときのことを思い出した。

女はまさか、まだここにいるのか。
徐庶はおそるおそる井戸のふちに手をかけて、中を覗こうとする。
風は呼んでいるようにひゅうう、ひゅうう、と吹き上がる。
あまりにその音がおどろおどろしいので、さすがの徐庶も怖気づき、やめておこうと一歩退いたところで、どん、と背中に当るものがあった。
なにかと振り返ると、例の、あの雨に濡れた女が、青白い顔をして、なにか言いたげにじっと立っているのだった!

うわあ、とか、うぎゃあ、とか言ったようだが、その自分の頓狂な声で目が覚めた。
あわてて、自分がまたあの衣をかぶっていないかどうか確かめるが、体にはせんべい布団がかかっているだけである。
寝汗はぐっしょり、息も荒い。
なにより脳裏に女の姿がくっきり残っているのがおそろしい。
となりを見ても孔明はいない。
孔明は、とっくのむかしに自宅にもどっている。
それでも、一人でいられないので、仕方なく徐庶は鶏小屋にいって、寝静まっているかれらのそばで、まんじりともせずに夜明けを待った。

しかし、それからもよくなかった。
眠ると、かならずくだんの女があらわれるのである。
女はいつも井戸のそばに立っていて、あいかわらずびしょぬれの姿のまま、垂らした髪からぽたぽたと雫を地面に垂らして、簾のようになっている髪と髪のあいだから、片目だけを瞬きもせずにぎょろりと向けて、無言のまま立っている。
徐庶はその女の姿を見るたびに、おそろしさで目が覚めてしまう。
さいわいなことに、徐庶ののどには首で絞められたような痕はのこっていなかった。
つまり、女がすっかり悪霊になって、かかわった者たちすべてを闇雲に殺しているというわけではないらしい。
とはいえ、徐庶としてはたまらない。
自分の草庵にいるからダメなのだろうかとおもい、孔明の家、崔州平の家、石広元の家と渡り歩き、さいごには水鏡先生の家にもご厄介になったのだが、それでも夢はついてきて、徐庶は毎日、ろくに眠れなくなってしまった。
ちょっとうつらうつらしていても、女は夢のなかに忍び寄ってきて、あらわれるのである。
たまらないので、女の墓にも何度も足をはこび、たのむからもう出てこないで欲しいと祈ったが、効果はなし。
女はあいかわらずぬぼおっとあらわれ、なにも言わずに立っている。

徐庶が寝不足の体をかかえて、困り果てているのを見て、孔明が言った。
「わたしにひとつ考えていることがあるのだが、やってみないか。うまくいくかどうかはわからない。でも、徐兄が寝不足で倒れるくらいなら、試してみる価値はあるとおもうのだが、どうだろう」
徐庶としては、さいきんでは寝不足すぎて、軽い頭痛がしょっちゅうするくらいにまでなっていたので、孔明の提案をすぐさま受けた。
溺れるものは藁をも掴む。

孔明はまた徐庶の草庵にやってきて、そのままふつうに夕餉をとり、そして最初に夢を見た日とおなじように、ふたりで枕をならべて寝た。
これがどうして解決策になるのか、と徐庶はたずねたが、孔明は、
「いいから、ともかくわたしに任せて、徐兄は眠ってくれ」
というばかり。
そこで仕方なく、夢を見ないことを祈りながら、横になって目をつむった。
寝不足とはいえ、私塾の用務の仕事はいつもどおりこなしていたし、代書の仕事もおなじくこなしていた。
あまりある体力の持ち主である徐庶であるから倒れずに済んでいるのだ。
さいきんでは食も細くなっていたから、このままでは衰弱していく一方だということはわかっている。
孔明はなにをしてくれるだろうと、期待を抱きつつ眠りにつく。

つづく…


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