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長兄という人は、母親に似た。
いちばん父親に似たのは、末子の雲だという。
それゆえ、父親は、雲に格別な思いを持っていたらしい。
らしい、というのは、父がすでに右も左もわからなくなっている状態だから。
雲からすれば、父親に、なにか特別なことをしてもらった記憶はない。
雲にとって、物心ついたときから、父親は屋敷の奥で、若い妾に面倒をみてもらっている半病人。
残酷なことではあるが、雲から見れば、父というよりは、棺桶に入りかけている老人にしか見えなかった。
そんな雲の父親がわりは、長兄である。
この長兄は、あまり愛想がない人であった。
すでに結婚しており、子供もいたが、その生まれた子どもがどれも女の子ばかりだったので、末っ子の雲を自分の跡取りのようにして、面倒を見ていた。
とはいえ、雲にはちゃんと母親がいるので、あくまで教育面では、ということである。
長兄は、生真面目が服を着て歩いているような男だ。
毎日、秤と帳簿をにらんで、いかに節約するか、頭を悩ませている。
まだ三十路になっていないのに、すでに眉間に深いしわができていて、それが長兄を実年齢より老けて見せていた。
よほど余裕がないらしく、この長兄が冗談を言って笑っているところと、ふざけているところを、雲は見たことがない。
表で寒風にさらされながら、家族の出迎えを待っている次兄の敬。
墓所という形容がぴったりの、淀んだ空気のただよう屋敷を取り仕切る長兄。
かれらに似ている部分があるだろうかと雲は観察してみたが、共通点は、せいぜい、眉が太い、というくらいであった。
父は落馬事故が起こるまでは、父はひとりで家のことを管理し、長兄に引継ぎをしないできてしまっていた。
それゆえ、とつぜん家督を継ぐかたちとなった長兄は苦労をしたのだ。
もともと、陽気なひとではなかったようだが、最近は、とくに陰の気が濃くなっているようである。
そして、かれのまとう陰の気の原因は、屋敷にもある。
長兄と次兄の母、つまり第一夫人は、きつい女人で、女の子しか産まない長兄の嫁をいびって日々をすごしているのだ。
第一夫人はひまなのだと、雲は思っている。
夫、つまりは雲や長兄の父には、若い妾…というよりは、世話人がいるから、自分が夫の世話をする必要がなく、やることがないので、嫁いびりなどをするのだ。
さらに第一夫人は、ほかの夫人たちを取り締まって、自分はわがまま放題に毎日を過ごしていた。
長兄は、誰の目から見てもあきらかに、自分の産みの母を苦手に思っているようだ。
ちゃんと孝行をしているものの、自分の妻をいびり、一族のひとびとの間柄をわがままに引っ掻き回している実母をうとましく思っているのは、子供の雲から見てもあきらかだった。
「雲、また槍の稽古か、精が出るな」
あらわれた雲を見るなり、長兄は言った。
長兄は今日も帳簿を見ていた。
直前まで、ため息をついていたようである。
帳簿のそばには長兄の妻がいれてくれた薬湯が湯気をたてていた。
その苦々しいにおいが、雲は苦手である。
「おまえは本当に槍が好きだな。よい先生がいたら、つけてやってもよいのだが」
一瞬、期待した雲だが、兄の言う『だが』に、はやる気持ちを抑えた。
長兄は悪いひとではないのだが、思わせぶりに期待をさせておいて、あとで無邪気に裏切る、という隠し技をもっている。
「槍術ばかりにかまけていてはいけない。
長兄という人は、母親に似た。
いちばん父親に似たのは、末子の雲だという。
それゆえ、父親は、雲に格別な思いを持っていたらしい。
らしい、というのは、父がすでに右も左もわからなくなっている状態だから。
雲からすれば、父親に、なにか特別なことをしてもらった記憶はない。
雲にとって、物心ついたときから、父親は屋敷の奥で、若い妾に面倒をみてもらっている半病人。
残酷なことではあるが、雲から見れば、父というよりは、棺桶に入りかけている老人にしか見えなかった。
そんな雲の父親がわりは、長兄である。
この長兄は、あまり愛想がない人であった。
すでに結婚しており、子供もいたが、その生まれた子どもがどれも女の子ばかりだったので、末っ子の雲を自分の跡取りのようにして、面倒を見ていた。
とはいえ、雲にはちゃんと母親がいるので、あくまで教育面では、ということである。
長兄は、生真面目が服を着て歩いているような男だ。
毎日、秤と帳簿をにらんで、いかに節約するか、頭を悩ませている。
まだ三十路になっていないのに、すでに眉間に深いしわができていて、それが長兄を実年齢より老けて見せていた。
よほど余裕がないらしく、この長兄が冗談を言って笑っているところと、ふざけているところを、雲は見たことがない。
表で寒風にさらされながら、家族の出迎えを待っている次兄の敬。
墓所という形容がぴったりの、淀んだ空気のただよう屋敷を取り仕切る長兄。
かれらに似ている部分があるだろうかと雲は観察してみたが、共通点は、せいぜい、眉が太い、というくらいであった。
父は落馬事故が起こるまでは、父はひとりで家のことを管理し、長兄に引継ぎをしないできてしまっていた。
それゆえ、とつぜん家督を継ぐかたちとなった長兄は苦労をしたのだ。
もともと、陽気なひとではなかったようだが、最近は、とくに陰の気が濃くなっているようである。
そして、かれのまとう陰の気の原因は、屋敷にもある。
長兄と次兄の母、つまり第一夫人は、きつい女人で、女の子しか産まない長兄の嫁をいびって日々をすごしているのだ。
第一夫人はひまなのだと、雲は思っている。
夫、つまりは雲や長兄の父には、若い妾…というよりは、世話人がいるから、自分が夫の世話をする必要がなく、やることがないので、嫁いびりなどをするのだ。
さらに第一夫人は、ほかの夫人たちを取り締まって、自分はわがまま放題に毎日を過ごしていた。
長兄は、誰の目から見てもあきらかに、自分の産みの母を苦手に思っているようだ。
ちゃんと孝行をしているものの、自分の妻をいびり、一族のひとびとの間柄をわがままに引っ掻き回している実母をうとましく思っているのは、子供の雲から見てもあきらかだった。
「雲、また槍の稽古か、精が出るな」
あらわれた雲を見るなり、長兄は言った。
長兄は今日も帳簿を見ていた。
直前まで、ため息をついていたようである。
帳簿のそばには長兄の妻がいれてくれた薬湯が湯気をたてていた。
その苦々しいにおいが、雲は苦手である。
「おまえは本当に槍が好きだな。よい先生がいたら、つけてやってもよいのだが」
一瞬、期待した雲だが、兄の言う『だが』に、はやる気持ちを抑えた。
長兄は悪いひとではないのだが、思わせぶりに期待をさせておいて、あとで無邪気に裏切る、という隠し技をもっている。
「槍術ばかりにかまけていてはいけない。
われらは誉れ高き趙王の末裔なのだから、文武両道をきわめねばならぬのだ。
おまえは今年で十四になるのだったな。
ふむ、顔立ちもだいぶ大人びてきた。
ところで、ちゃんと、読めと命じていた本は読んでおいただろうね」
いい話にはなるまいな。
そう予想しつつ、読んだ、と答えると、兄は、やれやれ、というふうに、太いため息をついた。
長兄は、どんなことを答えても、落ち込む人だ。
ところで、ちゃんと、読めと命じていた本は読んでおいただろうね」
いい話にはなるまいな。
そう予想しつつ、読んだ、と答えると、兄は、やれやれ、というふうに、太いため息をついた。
長兄は、どんなことを答えても、落ち込む人だ。
つづく
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すみません、今日はちょっと忙しいので、これにて失礼いたします。
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