「おまえは、たぶん近在の子供のなかでも、いちばん賢い子だろう。
それなのに、賊を相手に暴れるのが好きときている。
ほれ、なんだっていつまでも、そんなしゃれこうべを持ち歩いているのだ。
気味が悪いとは思わないのか」
雲が持っているしゃれこうべは、ひとりで村はずれを探索していたときに見つけたものだ。
裏街道からちょっとそれた小道の茂みに落ちていたのである。
おそらく行き倒れの旅人の物だろう。
そのもの言いたげなしゃれこうべの様子が気に入って、雲は、きれいに洗って、家にもって帰って、そばに置いている。
古来、しゃれこうべは力の象徴でもある。
頭骨は人間の英気の中心と信じられていたので、そこに故人の力が残っていると思われていた。
それを信じたわけではないが、雲は、なんとなく自分を、この見知らぬ人のしゃれこうべが理解してくれているような、ふしぎな幻想をおぼえたのである。
長兄が、しゃれこうべを取り上げようと手を伸ばしてきたので、雲はそれを背中に隠した。
それを見て、長兄は、またため息をつく。
「おまえは、顔は父上に似たが、意固地なところはおまえの母親に似たな。
取り上げられるのがいやならば、せめて屋敷に持ち込まないか、でなければ、わたしの前に出すな」
しぶしぶだが、雲は、はい、と返事をした。
そうしなければ、はい、というまで、長兄の小言は果てなく続いただろうから。
長兄が、自分を嫌っていることはないとは思う。
雲の目から見ても、長兄は気の毒な人だ。
同情しているきもちが、もしかしたら長兄には伝わっていて、それが兄弟仲をいまひとつしっくりこないものにしてしまっているのかもしれない。
長兄は雲の母親のことも持て余していた。
雲の母は、若くて美しいが、なかなか気が強い。
そして、気が強い者同士、第一夫人…つまり長兄の母と気が合って、趙家のなかでの諍いを増やすことに専念していた。
長兄が、その後始末にうんざりしているのは、やつれた様子からよくわかる。
「ああ、失礼いたしました。雲さんがいらしたのね」
甘く優しい声がして、見ると、父のいちばんあたらしい若い妾が部屋にやってきた。
まだ二十歳すぎだというその妾は、貧しい山村の末娘だったのだが、美貌をみとめられて父に引き取られた。
妓楼ではたらくよりはましだろう、というのが、妾の実父の言葉であったという。
この妾が家に来てからほどなく、雲の父は事故に見舞われ、前後不覚の状態になった。
責任を負わされたというわけではないだろうが、この妾は、父の介護係となっていた。
本人もほかに帰れる場所がないようで、おとなしくその係に甘んじている。
「亥さん、薬を買うお金がなくなったので、すこし分けてくださらないかしら」
「左様でしたか、気づかず失礼を。あとで用意してお持ちしましょう」
「いかほどお持ちくださるの?」
「十ほど」
「わかりました。それではお待ちしております」
それだけ会話すると、互いに目をあわすこともなく、若い妾は父の元へ戻り、長兄はふたたび帳簿へと顔を戻す。
趙家の財務はすべて長兄がおこなっている。
長兄は、なにやらさらさらと帳簿に書きつけると、ふたたび、帳簿から顔をあげて雲を見た。
「なんだったかな。ああ、そうそう、本を読んだかという話であった。
読んだとはいうが、ちゃんと身に着けたのか。
暗誦できるだろうね、ほら、そこでやってみなさい」
冗談ではない。
雲は、そこでようやく、長兄に、次兄の帰還を告げた。
つづく
それなのに、賊を相手に暴れるのが好きときている。
ほれ、なんだっていつまでも、そんなしゃれこうべを持ち歩いているのだ。
気味が悪いとは思わないのか」
雲が持っているしゃれこうべは、ひとりで村はずれを探索していたときに見つけたものだ。
裏街道からちょっとそれた小道の茂みに落ちていたのである。
おそらく行き倒れの旅人の物だろう。
そのもの言いたげなしゃれこうべの様子が気に入って、雲は、きれいに洗って、家にもって帰って、そばに置いている。
古来、しゃれこうべは力の象徴でもある。
頭骨は人間の英気の中心と信じられていたので、そこに故人の力が残っていると思われていた。
それを信じたわけではないが、雲は、なんとなく自分を、この見知らぬ人のしゃれこうべが理解してくれているような、ふしぎな幻想をおぼえたのである。
長兄が、しゃれこうべを取り上げようと手を伸ばしてきたので、雲はそれを背中に隠した。
それを見て、長兄は、またため息をつく。
「おまえは、顔は父上に似たが、意固地なところはおまえの母親に似たな。
取り上げられるのがいやならば、せめて屋敷に持ち込まないか、でなければ、わたしの前に出すな」
しぶしぶだが、雲は、はい、と返事をした。
そうしなければ、はい、というまで、長兄の小言は果てなく続いただろうから。
長兄が、自分を嫌っていることはないとは思う。
雲の目から見ても、長兄は気の毒な人だ。
同情しているきもちが、もしかしたら長兄には伝わっていて、それが兄弟仲をいまひとつしっくりこないものにしてしまっているのかもしれない。
長兄は雲の母親のことも持て余していた。
雲の母は、若くて美しいが、なかなか気が強い。
そして、気が強い者同士、第一夫人…つまり長兄の母と気が合って、趙家のなかでの諍いを増やすことに専念していた。
長兄が、その後始末にうんざりしているのは、やつれた様子からよくわかる。
「ああ、失礼いたしました。雲さんがいらしたのね」
甘く優しい声がして、見ると、父のいちばんあたらしい若い妾が部屋にやってきた。
まだ二十歳すぎだというその妾は、貧しい山村の末娘だったのだが、美貌をみとめられて父に引き取られた。
妓楼ではたらくよりはましだろう、というのが、妾の実父の言葉であったという。
この妾が家に来てからほどなく、雲の父は事故に見舞われ、前後不覚の状態になった。
責任を負わされたというわけではないだろうが、この妾は、父の介護係となっていた。
本人もほかに帰れる場所がないようで、おとなしくその係に甘んじている。
「亥さん、薬を買うお金がなくなったので、すこし分けてくださらないかしら」
「左様でしたか、気づかず失礼を。あとで用意してお持ちしましょう」
「いかほどお持ちくださるの?」
「十ほど」
「わかりました。それではお待ちしております」
それだけ会話すると、互いに目をあわすこともなく、若い妾は父の元へ戻り、長兄はふたたび帳簿へと顔を戻す。
趙家の財務はすべて長兄がおこなっている。
長兄は、なにやらさらさらと帳簿に書きつけると、ふたたび、帳簿から顔をあげて雲を見た。
「なんだったかな。ああ、そうそう、本を読んだかという話であった。
読んだとはいうが、ちゃんと身に着けたのか。
暗誦できるだろうね、ほら、そこでやってみなさい」
冗談ではない。
雲は、そこでようやく、長兄に、次兄の帰還を告げた。
つづく
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いやはや、昨日は失礼いたしました。
心を亡くして「忙」しい、とはよくいったもので、とても落ち着かない日々がつづいております…
このままゴールデンウィークあたりまで、忙しいのかなあ。
創作を落ち着いてできる状況に早く戻りたいところです。
ではでは、今日もよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ