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帯とけの新撰和歌集
歌言葉の戯れを知らず、紀貫之の云う「言の心」を心得ないで、和歌の清げな姿のみ解き明かされて来た。藤原公任は、歌には心と、清げな姿と、心におかしきところがあるという。言の心を紐解きましょう。帯はおのずから解け人の心根が顕れる。
紀貫之 新撰和歌集巻第一 春秋 百二十首(九十五と九十六)
春雨ににほへる色もあかなくに 香さへなつかし山ぶきの花
(九十五)
(春雨に艶やかになった花の色も、飽きがこないのに、香さえ好ましい山吹きの花……春冷めに、色艶も飽き足りないことよ、香さえ心ひかれる、山ばでさいたお花、女の華よ)。
言の戯れと言の心
「はるさめ…春雨…春情のお雨…春冷め…春情熱の冷え」「にほふ…鮮やかに色づく…艶っぽく美しい」「色…色彩…色艶…色情」「あかなくに…飽きないのに(詠嘆を含んだ逆接)…飽きないことよ(詠嘆を含んだ打消し)」「飽き…飽き満ち足り」「香…匂い…かおり」「なつかし…好ましい…心ひかれる」「山ぶきの花…山吹の花…春の草花…山ばで吹きだすおとこ花…春の女の華(体言止めは詠嘆の意を含む)」。
露ながら折りてかざさむ菊の花 老いせぬ秋の久しかるべく
(九十六)
(露のあるまま折って挿頭にしよう、長寿の花、老いない秋が、きっと久しくあるだろう……白つゆのまま、折って翳そうよ、あきの花、ものの極まり来ない飽き満ち足りが、久しくあるはずだ)。
言の戯れと言の心
「つゆ…露…白つゆ…おとこ白つゆ」「おり…折り…逝き」「かざさむ…挿頭にしょう…翳そう…これで何々を隠そうよ」「む…意志を表す…勧誘を表す」「菊の花…秋の草花…女花…長寿の花…菊の露は長生きの薬(俗信)…飽きの女の華」「おい…老い…ものの極まり…感の極まり」「べく…あるだろう(推量)…何々であるにちがいない…であるはずだ」。
春歌は春雨に濡れた山吹の風情、清げな姿をしている。歌は唯それだけではない。女歌と聞いて、飽き足りない、あの香がなつかしいというのは、心におかしい。長つづきしないおとこのさがに対する皮肉は、貫之の云う「下以諷刺上」の種にもなる。
秋歌は菊の露を詠んで清げな姿をしている。歌は唯それだけではない。おとこのさがをそのままで、女たちよ、その華でおとこの短い極まりを隠しましょうという、勧誘と聞けば、心におかしい。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
新撰和歌集の原文は、『群書類従』巻第百五十九 新撰和歌による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。