飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸にて。
2階へ上がってみた。
二間? 明るい空間。
この空間で伝右衛門に嫁いだ柳原白蓮が約10年暮らしたという。
2階からの眺め、素敵~
庭園に面していない部屋は茶室風な造り。
洞庫(どうこ)、だよね?
へぇ~。ここで茶道も楽しんでいたんだぁ。
1階に降りて広間に入って、庭園も眺めてみる。
庭園に向かう飛び石が、なんかよい。
控えの間?
床の間も広~い。
廊下もちょっとおしゃれ。
照明カバーのガラスがめちゃ素敵。洋風。
内玄関。和風。
食堂は洋風。
台所。(隠されているけど)
台所の脇の部屋は奉公人がいる空間かなぁ。
でも、襖とか欄間が凝っている。
ガラス窓が懐かしいし、今はもう貴重なガラス。廊下の角 も丁寧な造り。
まさに和洋折衷な内装。
大正レトロな空間を満喫した後は庭園へ。
元は事務所だった建物。現在は白蓮に関する展示。
改めて、白蓮の人生をなぞってみて、華族から家族を大切に思う主婦へ。
その激動の人生に圧倒される感じがした。
そして、庭園へ。
あちらこちらに「ヘビ注意!」の立て札がっ。めっちゃびびった~
外からは純和風。
観光ガイドとかでよく見かけるのはここからの眺め~
やっと訪れることができたぁ!って、思ったなぁ。
石橋がすごい。
八角形の数寄屋風のお休み処もすてき。
一休み。本当に凝っているなぁ。
訪れることができて、本当によかった。
すっかり満足して、元来た道を戻る。
帰り道にふと思った。
「もしかして、この道は伊藤伝右衛門邸と新飯塚駅をつなぐために整備されたのでは?」
もしかすると、伊藤伝右衛門邸の立地に配慮して新飯塚駅の場所も決められたのでは?
そう考えると、こんなにわかりやすい直線であることも納得がいく。
まぁ、あくまで私の推測だけど。
それだけ、伝右衛門氏が地元で果たした功績の大きさとその財力はすごかったのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、帰りの足取りはとても軽い。
そして、「もう風で飛んでいっちゃっただろうなぁ」と諦めていた旅程表のメモ。
明月椀みたいに桜の花が額ごと地面に落ちていて、思わず写真を撮ったその位置に、メモあった。
わー。飛んでいってなかったんだぁ。と感動。
よかったぁ。うん。この旅行はツイている!と思えた。
ご機嫌になって、行きに気になっていた芝桜も撮影。
結局、予定よりも1時間近く早く新飯塚駅に戻ってきた。
予定では16:01の快速に乗るつもりだったけど、30分早いのに乗れそう。
それでも待ち時間が20分あって、ホームで本読みながら待った。
おぉ。旧国鉄時代のような車両もまだあるのかぁ。
これは乗る予定の快速じゃなかったけどね。
乗ってきた快速はやはりスタイリッシュな座席だった。
博多駅まで46分。
筑豊の風景を車窓から楽しみながらの鉄道旅らしい時間だった。
炭鉱があったのはどの辺りにあったのかなぁ。筑豊の風景は想像していたのとちょっと違ったけど、
だからこそ、実際に乗ってみてよかった。
そして、福岡市へ。
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