Akatsuki庵

後活(アトカツ)中!

大西家歴代

2018年10月27日 06時13分19秒 | 美術館・博物館etc.
★大西清右衛門美術館 サイト
 開館二十周年記念展『大西家歴代』 ※9月1日(土)~12月16日(日)

20周年ですかぁ。
って、私がこちらの美術館の存在を知ったのは2003年の青年部の全国大会でのこと。
会場で「大西~へ行ってきた~」と他の支部の方々が話しているのが聞こえてきて、
「へぇ~。そんな美術館があるのかぁ」と思った。

楽美術館の存在も松村栄子さんの「ひよっこ茶人の玉手箱」を読んでだから、2000年だねぇ。

楽美術館は今年ちょうど開館40周年。大西さんのところは半分の20周年。
2003年当時はまだ開館後、まだ5年しか経ってなかったから、知名度も低かったかもしれない。

2003年の全国大会は大会に出るのにいっぱいいっぱいで延泊もしたけど、翌日は月曜日で美術館休みだったしねぇ。
てか、集団行動で茶道具美術館なんて発想は私たちのどこにもなかった。
(3年後は案内役だったので、後輩たちを案内したヨ)

勉強のため、ちゃんと茶道具の美術館で鑑賞しないと!という姿勢になったのは2005年。
2月に楽美術館、4月に大西清右衛門美術館へ行ったなぁ。

2度目は同じ年の10月で茶釜に触れる会に参加、その次が2006年の9月、そして2007年の11月。
以来、展覧会ごとに毎度訪れて来た。
(春秋のほか、たまに1月に展覧会がかかることがあったけど、それも見た)

そして、11年。
いい加減、所蔵品は一巡したかしら~と思いつつ、
何分、展示目録がないし、記憶も完全ではないから、初めて見たように感じる茶釜もある。

さて、今回は歴代展。

毎回、歴代の茶釜を見ているような気がしていたけれど、2012年の2月以来。
(その前は2008年秋)

けっこう久しぶりなんだ~

と思いつつ、入館料を払う際にダメ元で「展示目録ありますか?」と
毎度お馴染みの質問をしてみる。

ダメ元だったんだけど、今回は渋々~な感じで出してもらえた!


ホントにただの展示品のリストだったけれど、すごーく有り難かった。

で、それを見ながら展観スタート。

今回は御当代(16代)の作品に始まり、右に進む従って、代を遡っている流れ。

まず、16代作の四方覆垂釜。製作は2016年と最近のもの。

なんとも現代チックな。
「へうげ」好きの施主さんの意向だそうな。

上半分は正方形、下部は球状に近い丸い。

垂れというのはもともと大きな釜の下半分が使い物にならなかくなった後で、
一回り小さい下半分を造って、上半分と合体した際に邪魔になるから、欠くもの~
だと私は認識している。
(欠き方が景色になり、その釜の個性になり、味わいとして愛でられる)

が、この釜は最初からわざと垂れを造っている。こんな短く計算された垂れ、
普通の使われ方では絶対に出ない。
垂れはリサイクルの産物ではなく、最初からデザインの一部ではないか。

これが「へうげ」好きな発想?

と首をかしげたくなった。
(御当代がこの茶釜のデザインを発想したのが2013年の「ゆれる茶会」だそうな)

まぁ、すべては施主さんの好みだからね。
ちなみに、解説文を読んで、少しググってみると誰なのか、すぐわかった。
(なるほどね。あの方ね。だったら、こういう茶釜を注文しそう~)

釜蓋の摘みもとっても変わっていて、現代というよりも未来型の茶釜だなぁと思った。

つづいては、またも16代作の虎ノ釜。
炉用の釜で壁面は虎渓三笑が描かれており、上面に虎の環付がついていた。

施主は虎屋さん?と思ったら、不審庵だった。
2010年の寅年に而妙斎家元72歳ということで依頼されたらしい。
試行錯誤しながら6口(六口)制作して、どうにか1口(一口)成功して納めたとのこと。
展示されているのは試作用に造ったものらしい。

次は先代(15代)浄心(1924-2002)作の富士釜と唐銅鳳凰風炉。
富士山の形の釜も豪華だけど、ルビー色に細工がしてある豪華な風炉もすごい。
何度か拝見しており、てっきり鵬雲斎好みかと思ったら、これも表千家の家元好みで、今更ながら「あら~」と思った。

ちなみに、浄心さんが三男だったということを初めて知った。
長兄と次兄は若くして他界されたとこと。長兄さんは清吉さんというお名前だったそうで、1919-1939だから、
二十歳で亡くなられたことになる。

14代・浄中(1888-1960)は柳橋(浜松)地紋繰口釜(真ノ釜) 

13代・浄長(1866-1943)は馬ノ釜。
 環付の馬が大きい。これも何度か拝見しているけど、環をかけて持ち上げる時に馬が邪魔そう~。
 明治時代ということで、馬が妙にリアル。これも時代を反映してるなぁ~と思える。
 もう一つ、浄中の天女地紋丸釜。天女の下絵は橋本関雪が描いたらしい。
 この釜の施主が関雪自身で、昭和7年に亡くなった妻よねさんの一周忌追善茶会のために製作されたお釜とのこと。
 (残念ながら、天女の鋳込がよく見えなかった~)
 妻よねさんのお道具は橋本関雪記念館で見たことあるなぁ。茶道が好きな夫人だったのねぇ。

12代・浄典(1841-1869)は宝珠釜(海老環付)。伊勢海老の環付がリアルなんだよねぇ。
 でも、若くして亡くなったのに、技巧の腕は感動もの。

11代・浄寿(1808-1875)は亥々斎好鉈釜。
 「亥々斎」って誰?ってだけど、鉈釜時代は小作を小ぶりにしたもの。蓋と摘みが特徴的。

 浄寿、浄典、浄長は昨年春に「幕末明治の茶の湯釜」というテーマで展覧会がかかったばかりなので、わりと覚えている釜が出ていた。2013年春にも明治の釜で展覧会あったしね。
 浄典さんが若くして亡くなって、浄長はその時まだ4歳で、母の実家である楽家で育った~という話でホーと思ったっけ。

10代・浄雪(1777-1852)は青海波釜(胴〆釜)。これも形がユニークだからよく覚えている。
 浄雪の弟、奥平了保は責紐釜。蓋を置く口廻りの立ち上がり予期に賽の目のように着いた環付が「責紐」。
 何度か見ているけど、改めて見ると環を入れて持ち上げる時に、持ちづらそう。浄清の責紐よりもデザイン重視という気がする。
 
 浄雪・了保兄弟の父である9代・浄元(1749-1811)は鐵道安風炉。

 浄元はもともと奥平家の人で7代・浄玄(1720-1783)のお弟子さんだったんだけど、
 8代・浄本(1747-1785)が37歳で早逝したため、養子に入ったんだよね。この辺りは2014年秋の「浄雪と了保」でじっくり見た。

 浄本は阿弥陀堂釜が出ていた。浄玄は独楽形燗鍋と霰四方釜(←正方形!)。

6代・浄元(古浄元、1689-1762)は車軸釜。小ぶりなんだけど尾垂にあたる部分が四角い渦と◇模様でかなり凝っている。

5代・浄入(1647-1716)は海松貝地紋四方覆垂釜。環付が海松貝~

3代・浄玄(1630-1684)は透木釜。この辺りまで遡ると江戸時代初期。浄玄は浄清の長男さんだもんねぇ。
作品があまり残っていないし、弟の大西定林(?-1727)の方が作品も残っていて印象強いから、ちょっと気の毒。

その定林は雲龍地紋甑口手取釜。丸くて象の足が3本あって、これも強い個性のある釜。分銅形の燗鍋も出ていた。

2代・浄清(1594-1682)の前に浄清の弟・浄久(?-1686)の桐地紋糸目車軸釜。
 車軸なのにゆるやかな丸みで糸目の鋳込みと結びの環付が公家好みの優雅さ。
 お兄さんの浄清に引けを取らない腕前で、ホントにすごい三兄弟だなと思う。

 浄清は鶴ノ釜。展示ケースの端にあったので、横からじっくりと拝見する。
 透木釜なんだけど、意外と厚みがあるんだなぁと気づいた。
 (大西家歴代の中では、一番好きな浄清の、一番好きな茶釜が堪能できてうれしかった)

そして、独立ケースは初代・浄林(1590-1663)の霰姥口(乙御前)釜。
 400年前にこんなに細かく霰が鋳込めるのがスゴイ。

なんといってもヨカッタのは、7階の茶室展示が浄林の傘釜だったこと。

炉釜だったのねぇ。。。傘の環付が印象的だけど、この釜については茶室で存在する姿を想像したこがなかった。
炉に収まっているからこそ、上部についた環付の釜がより効果的に見える。

なるほどなぁ~と感動した。

あと、茶釜以外ということで、珍しいものが出ていた。

孝信(十三代浄長)像。 作者は大西三次郎さん。
やっぱ、鐵製なのかなぁ?
三次郎さんって、誰~?
お名前から推察すると、浄長さんの三男坊? 浄長さんが幕末(慶応2年)生まれで
14代・浄中さんが明治21生まれ。その弟さんとなると、明治大正を生きたヒトということになるから、
家業の釜造りではなく、美術学校で彫刻でも学ばれたのかなぁ?

帰りに受付で質問したんだけど、「誰なのでしょうかねぇ?」と逆に聞かれてしまって、コマッタ。

展示リストをいただけたから、今回は茶釜の名称を書き写さないで済んでヨカッタのだけど、ウーンな感じが残念。

余談だけど、

私は釜の形を覚えるために、下手なスケッチをしているのだけど
「大西清右衛門美術館」の画像でググってみると、そういう人って、他にもいるようだ。(しかも上手!)

私もデッサン力を磨かなくっちゃ~



で、今回も1時間ちょっと滞在。

次はまた来春。

★大西清右衛門美術館バックナンバーリスト
 2018年5月 『春の野にあふ 釜と茶道具』
 2017年9月 『燈火に親しむ茶の湯釜』
 2017年4月 『幕末明治の茶の湯釜』
 2016年11月 『釜から見た侘び
 2016年6月 『釜のかたち PART 2』 
 2015年10月 『釜のかたち Part1』
 2015年3月 『茶の湯釜の文様』
 2014年9月 『十代浄雪と奥平了保』
 2014年5月 『千家伝来の茶の湯釜』
 2014年2月 『新春の寿ぎ -福をよぶ吉祥の茶道具-』
 2013年10月 開館十五周年記念『初代浄林・二代浄清』
 2013年3月 『大西家の近代-浄長・浄中・浄心-』
 2012年11月 『京釜の粋-三条釜座、釜師の技と名品-』
 2012年5月 『茶の湯釜歳時記』
 2012年2月 『釜師 大西家歴代』
 2011年10月 『釜をとりまく茶道具』
 2011年5月 『吉祥の釜』
 2010年9月 『茶の湯釜にみる朽ちの美』
 2010年5月 『風炉を楽しむ』 
 2009年11月 『千家十職 大西清右衛門家の釜と金工-茶の湯工芸の伝統と創造-』(表千家北山会館)と『寺院ゆかりの茶の湯釜』
 2009年5月 『開館十周年記念 釜師 大西清右衛門の目 それぞれの所蔵品から』
 2008年10月 『開館十周年記念 釜師 大西家歴代展』
 2008年3月 『風雅-茶のなかにみる意匠』
 2007年11月 『茶人と釜』

 2014年10月 『大西清右衛門襲名20周年』
 2014年1月 『釜師 大西清右衛門の世界』 (美術館「えき」KYOTO)
 2008年11月 『千家十職 釜師 十六代 大西清右衛門展-襲名十五周年を記念して-』(日本橋三越本店)
 

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 光悦考 | トップ | 霜降 次侯 霎時施 »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (山田)
2024-12-08 15:32:38
浄心さんは、二男のはずですが、、、
返信する

コメントを投稿

美術館・博物館etc.」カテゴリの最新記事