本能寺の変 「明智憲三郎的世界 天下布文!」

『本能寺の変 431年目の真実』著者の公式ブログです。
通説・俗説・虚説に惑わされない「真実」の世界を探究します。

先祖・光秀の地を巡る「本能寺」

2012年11月21日 | 427年目からの挑戦
 京都府綾部市での「本能寺の変」講演会の翌日、本能寺にお参りにいきました。
 本能寺の門は寺町通りに面しており、門柱には「法華宗大本山本能寺」の名札が掲げられています。この名札の文字を注意して見ると「能」の字のつくりが「去」になっています。これは、本能寺がたびたび火事に見舞われたので、ヒヒ(火火)というつくりを嫌って、火が去るよう「去」に変えたものとのことです。


 門を入ると右側に宝物館、正面に本堂があります。


 現在の本能寺は秀吉が別の場所から移したものです。加藤廣さんのベストセラー小説『信長の棺』では信長が本能寺の地下道に逃げ込み、秀吉の陰謀によって蒸し焼きにされてしまったことになっています。そのため、光秀がいくら必死に信長の遺体を探しても見つからなかったというストーリーにしています。この本がベストセラーとなったため、「信長の遺体が見つからなかった謎」を真面目な歴史の謎と受け止めてしまう人がたくさん出現しました。これも小説の世界を史実と混同させてしまっている典型のひとつです。科学的・物理的には謎でも何でもありません。下記のページをご参照ください。
 ★ 「見つからなかった信長の遺体の謎」を斬る!

 さて、本堂の裏手に回ると信長公廟と墓があります。


 2004年に、この本能寺で織田信長ご子孫と「422年目の和睦」を行いました。それが拙著『本能寺の変 四二七年目の真実』執筆のきっかけともなりました。
 ★ 織田信長ご子孫の本能寺での一言

 本能寺は地下鉄東西線の京都市役所前駅を降りてすぐの寺町通りに面しています。寺町通りは入口に「亀屋良永」という昔ながらの店構えの和菓子屋さんがあり、その御池煎餅は美味です。本能寺の先には和文具の名店「鳩居堂」があります。本能寺にお参りしたあとは、寺町通りをぶらつくのもよいでしょう。



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 本能寺の変研究の欠陥を暴き、「本当の歴史」を知る面白さを説く!
 「若い方々や歴史に興味のない方々に歴史を好きになってもらいたいと思って書きました」
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