狩江のお祭りと文化論

~愛媛県西予市明浜町狩江地区のお祭りや、四季折々の風景、暮らしを独自の観点からお伝えいたします~

1月の行事

2010-01-08 21:40:44 | 狩江の暮らし
元旦より続いている寒波も、ようやく峠を越したように思われる今日でしたが
まだまだ寒さに弱い私たちにとってはつらい日々が続きそうです。

さて、平成22年もぼちぼちと始動し、狩江地区においても例年の行事が
開催されます。
まず、1月10日新春町内駅伝大会。毎年レベルが上がっているこの大会、
ずっと出場している狩江小PTAに加え、高山小PTAも参加か?という
話しも聞きました。
次に、1月23日の地区教育研究大会、公民館振興研究大会が併せて開催
されます。大会主題「狩江らしさをつなげる地域づくり」。分散会では
”狩江遺産”について学びます。

以上が1月の地区の行事です。
その狩江遺産ではないですが、いったい昔(戦前)はこの正月から2,3月の
寒い時期をどうやって過ごしていたのでしょう?
ちょっと年配者にお聞きしてみました。

この地区は半農半漁の典型的日本沿岸部の町でした。
農家は秋から初冬にかけ、芋を収穫し、そのあとは麦まきの作業。
正月以後はマキ採りや道具としてのホゴロ、ス(いりこを干す道具)を作ったり
わら仕事が主だったようです。

海の仕事は、荒れの日が多いのでこの時期は船を陸にあげ、ほとんど漁はせず。
比較的1年のなかでもゆっくりとした時期だったようです。
旧正月ころに、網算用(あみざんよう)という、漁獲の〆(つまり決算)をし、
半年のお給料を親方より貰っていました。
それが終わると、乗り初め(のりぞめ、その年の初めの船にのること)をし、
大染め(おおぞめ、カッチという石から茶色に網を染める作業)をしました。
むかしは綿から網を作っていたそうです。また、道路で直径約15cmほどの
網船の綱をつくっていて、これは大ない(綱をなうこと)と言っていました。

このように寒い時期をわたしたちの先代は過ごしていたのです。
質素ながらも、ちょっとこんな生活リズムにあこがれてしまいます。