民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「語りのはじめに」 米屋 陽一

2014年02月20日 00時08分04秒 | 民話(語り)について
 「日本むかしばなし」 4 「まぬけなおばけ」 民話の研究会 編

 「語りのはじめに」 解説 米屋 陽一

 前略

 今では忘れられてしまったようですが。もっともっと古い時代の語りの場では、
誓いの言葉というか、とにかく前置きの言葉をきちんと言わなければならなかったようです。

 「さるむかし、ありしかなかりしか知らねども、あったにしてきかねばならぬぞよ」
 「古代村落の研究」 早川 孝太郎 
これは、むかしばなしを語り始める前に言った鹿児島県三島村黒島の貴重な報告です。

 最近では、同じ県内の志布志町や鹿児島市からの報告もあります。
 「むかしのことならねえ、あったかねかったかは知らねえども、あったことにしてきくがむかし」
 「むかしむかし、あったかねかったか知らんどん、あったつもりできっくれ」
 「鹿児島昔話」 有馬 英子編

 また、山形県の最上町では、
 「トントむがすのさるむかし、あったごんだが、なえごんだったが、トントわがりもうさねども、
トントむかしァあったごどえしてきかねばなんねェ、え」
 「小国郷のトント昔コ」 佐藤 義則編
と、語り手は聞き手に念を押します。
すると聞き手は、「おうおっ」とか、「うん」と言って承諾の声を出します。
語り手は、それを待ってから、「トントむかし、あったけど」と語り始め、ひとつ話が終わるたびに、
「ドンピン・・・・・」と、語り納めます。

 また、語り始める前に、身なりをきちんと整えたり、すわりなおしたりする語り手もいます。
語り納めて、「ぽん」と、ひとつ、かしわ手を打つ語り手もいます。
儀礼のようでもありますが、このことは、むかしばなしと一緒に伝えられた、
語りの場の大事な約束事になっているようです。

 つまり、目に見えない言葉をひとつひとつ大事に語り、聞くということは、
言葉自身に命があると考えた時代の信仰的な意味がこめられているからだと思います。
ですから、うそかほんとうかは知らないけれども、話の世界、空想の世界に、語り手と聞き手は、
一緒に入らなければならなかったわけです。
なんだか、むかしばなしが、遠いむかしから現在にいたるまで語り継がれてきた謎のひとつが、
解けてきそうです。