民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「語りの力と教育」 その3 高橋郁子

2014年07月15日 07時36分24秒 | 民話(語り)について
 「語りの力と教育」 その3 高橋郁子

「昔話の語り」 

 昔話はどういう場で語られていたのであろうか。

 『新潟県の昔話と語り手』によると、
「家における昔語りの場であるが、これには囲炉裏と炬燵と寝床があげられている。
(中略)以前の農家では家族が寄り集まって団欒する場は台所の囲炉裏であり、
炬燵は隠居老人の場であった。

 それが、囲炉裏の衰退とともに、炬燵がどの部屋にも用いられるようになり、
さらに石油ストーブが入ってくるのであるが、
こうした経過とともに昔話の家における伝承の場が錯綜してくるわけであると記述されている。

 語りの中心は、昔の人たちが尊い場所として清浄に保っていた囲炉裏端であった。
高齢者はその囲炉裏端に常に座っていたのである。

 これは、戸主同様、家庭の中で高い位置に存在していたことになる。
さらに、水沢謙一氏によると、「聞き手は、話のかなめかなめに『さんすけ』と言って合槌を打つ。
そうか、そうでもあるかの意で、聞き手が聞いていることを示し、
また、それからどうしたと、話の先をうながす意もあり、
また、語り手は、聞き手がたしかに聞いていることを確かめることでもある。

 この『さんすけ』を言わないと、昔話は語ってもらえないし、また、語りにくい。
昔話は、語り手と聞き手の共同した姿で、語りの形式で展開していく。

 ということで、炉辺での昔語りは「語り」とはいいながら、聞き手の反応も重要だったことがわかる。
昔話は「会話形式」とは言えないが、語り手が一方的に語るものではなかったのである。

 住宅環境の変化に加え、昔話が語られる場での決まりごとの忘却は、
語り手や聞き手にどのような変化をもたらしたのだろうか。