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私が『枕草子』を 橋本 治

2015年01月05日 00時12分52秒 | 古典
 「ハシモト式 古典入門」 橋本 治 1948年生まれ  ごま書房 1997年

 私が『枕草子』を「女の子のおしゃべり言葉」で訳したわけ P-217(文庫)

 「和漢混淆文」は、日本人が日本人のために生み出した、もっとも合理的でわかりやすい文章の形です。これは、「漢文」という外国語しか知らなかった日本人が、「どうすればちゃんとした日本語の文章ができるだろう」と考えて、長い間の試行錯誤をくりかえして作り上げた文体です。「自分たちは、公式文書を漢文で書く。でも自分たちは、ひらがなで書いた方がいいような日本語をしゃべる」という矛盾があったから、「漢文」はどんどんどんどん「漢字+ひらがな」の「今の日本語」に近づいたんです。漢文という、「外国語」でしかない書き言葉を「日本語」に変えたのは、「話し言葉」なんです。つまり、日本人は、「おしゃべり」を取り込んで自分たちの文章を作ってきたということです。

 その「書き言葉の文章」が、どこかで壁にぶつかったんです。だから、「活字離れ」という現象が起きたんです。だったら、その壁にぶつかった「書き言葉の文章」をもう一度再生する方法は、一つしかないんです。「硬直化した書き言葉の中に、生きている話し言葉をぶちこむ」です。日本人は、ずーっとそれをやってきたんですから、またそれをやればいいんです。でも、いつの間にか、「話し言葉はちゃんとした文章にはなれない」というような偏見が生まれていました。しかもそれは、「古典なんてもう古い」と言われるようになってしまった時期と、重なっていました。

 それで私は、「ああそうか」と思って、忘れられかけた古典を、現代の女の子のおしゃべり言葉で訳したんです。「春って曙よ!」で始まる私の『桃尻語訳枕草子』は、それで生まれました。「古典」と「話し言葉」は、ちゃんと重なるんです。

 でも、それをやった当時は、「え?」とびっくりされました。でも、「ひらがなだけの文章」で書かれた清少納言の『枕草子』は、話し言葉の方がふさわしいんです。この章で、私が『徒然草』の文章を「ああだこうだ」と訳していたことを思い出してください。「古典の文章だからふざけて訳しちゃいけないんじゃないか」なんて手加減をして中途半端な訳し方をしていたら、「とってもわかりの悪い訳文」にしかならなかったでしょう?