「もっと読みたい」と思わせる 文章を書く 読まれるエッセイの書き方 加藤 明 2013年
別れは突然に・・・・・(参考エッセイ)P-77
知人の60歳になる女性には、二つ年下の恋人がいる。付き合いは20年近くにもなる。逢瀬は月に一度か二度。高級店での食事を楽しむか、時間のある時は、横浜のペントハウスに泊まる。
離婚歴のある女と完璧な独身の男。業種は違うが二人共社長業だ。お互いの仕事の事情もあり、どちらからも言いだせぬまま結婚はしないでいる。
彼女は二人の関係を「戦友」だという。惚れた腫れたの関係ではない。励まし合い、支え合い、肩を並べて歩いてきた二人だった。そんな気丈な彼女が、「別れ際が嫌なのよ」とこぼす。「じゃあね」と言ったなり、振り向きもせず、スタスタと足早に去って行く男。もっと別れを惜しんで欲しいのだと、少女のようなことを言う。
願いが通じたのか、その日の別れ際は違っていた。銀座での食事を楽しんだ後、家路へ向かう地下道の入り口で、いつものように「じゃあね」と彼と別れた。降りかけた階段の途中でフッと振り向くと、まだ彼がいる。地下へ降りる階段口の手摺りのところで、組んだ両腕にアゴを載せ、名残惜しげに見下ろしている。「バイバイ」と手を振ると彼も振り返す。「珍しいなあ」頬をゆるませながら地下鉄駅へ向かった。
虫の知らせだったのか。それが二人の最後の逢瀬となった。次の約束に現れなかった男を心配し、彼女は男の会社に問い合わせた。約束の日の数日前、心臓発作で倒れていた。一命はとりとめたが、脳に酸素の届かぬ時間が長かった為に、植物状態となっていた。
寡黙だった男は、彼女の存在を誰にも話していなかった。彼女に知らせのくるはずもない。強い絆で結ばれていながら、二人の関係の頼り無さに女は泣いた。
前歯を抜かれ、喉にチューブを通され、男は眠り続けている。男の目覚めを女は祈る。
女も男も、しみじみ悲しい。
別れは突然に・・・・・(参考エッセイ)P-77
知人の60歳になる女性には、二つ年下の恋人がいる。付き合いは20年近くにもなる。逢瀬は月に一度か二度。高級店での食事を楽しむか、時間のある時は、横浜のペントハウスに泊まる。
離婚歴のある女と完璧な独身の男。業種は違うが二人共社長業だ。お互いの仕事の事情もあり、どちらからも言いだせぬまま結婚はしないでいる。
彼女は二人の関係を「戦友」だという。惚れた腫れたの関係ではない。励まし合い、支え合い、肩を並べて歩いてきた二人だった。そんな気丈な彼女が、「別れ際が嫌なのよ」とこぼす。「じゃあね」と言ったなり、振り向きもせず、スタスタと足早に去って行く男。もっと別れを惜しんで欲しいのだと、少女のようなことを言う。
願いが通じたのか、その日の別れ際は違っていた。銀座での食事を楽しんだ後、家路へ向かう地下道の入り口で、いつものように「じゃあね」と彼と別れた。降りかけた階段の途中でフッと振り向くと、まだ彼がいる。地下へ降りる階段口の手摺りのところで、組んだ両腕にアゴを載せ、名残惜しげに見下ろしている。「バイバイ」と手を振ると彼も振り返す。「珍しいなあ」頬をゆるませながら地下鉄駅へ向かった。
虫の知らせだったのか。それが二人の最後の逢瀬となった。次の約束に現れなかった男を心配し、彼女は男の会社に問い合わせた。約束の日の数日前、心臓発作で倒れていた。一命はとりとめたが、脳に酸素の届かぬ時間が長かった為に、植物状態となっていた。
寡黙だった男は、彼女の存在を誰にも話していなかった。彼女に知らせのくるはずもない。強い絆で結ばれていながら、二人の関係の頼り無さに女は泣いた。
前歯を抜かれ、喉にチューブを通され、男は眠り続けている。男の目覚めを女は祈る。
女も男も、しみじみ悲しい。