森繁久彌「向田邦子」を語る その3
しかし、「重役読本」の台本に取り組んでいる間に彼女は隆々とした基礎を築き上げたと思いますね。当時、彼女は映画雑誌の編集部を退職して一、二年目あたりで、まだ文筆で生計を立てていく確固たる自信はなかったんじゃないかな。
たしか、アルバイトで始めた脚本の処女作が「火をかした男」というタイトルで、日本テレビの人気ドラマ「ダイヤル一一〇番」の何作目だかで放映され、続いて同じ番組に数本が採用されたと思います。昭和33年29歳ごろでしょうか。
翌年から、だんだんとテレビの世界を離れ、ラジオに比重を移して、「重役読本」が始まったころは、これ一本に専念していましたね。
ですから、向田文学の初期のエッセンスが「重役読本」には詰まっているのです。
最初に彼女のもってきた台本を一読して、文才の冴えを感じましたよ。作品の構成力は弱いが、イキイキした会話に私をはじめスタッフは目をみはりました。
また、日常生活のなかで見過ごしてしまいそうな機微やディテールの捉え方が素晴らしい。鮮明に昔の日常茶飯を記憶していて、巧みな比喩、上質のユーモアを交えて再現してみせる、手品ですね。
後年は省略と飛躍が一段と上手になった。テレビの台本読みの最中に、
「ここからスパッと二枚切りましょう」
なんて、平気で恐ろしいことを言う。
「何もいらないの。これ以上」
予定していた役者が一人、宙に浮いてしまうんです。
「ここから、あっちへ飛んだほうがリズムが出るでしょ。ねっ」
仲の良かった澤地久枝さんと同じ気質。大陸的で実におおらかな心ばえだから、まあ何も角が立たない。自然と彼女のペースになっている。やっぱり手品です。
しかし、「重役読本」の台本に取り組んでいる間に彼女は隆々とした基礎を築き上げたと思いますね。当時、彼女は映画雑誌の編集部を退職して一、二年目あたりで、まだ文筆で生計を立てていく確固たる自信はなかったんじゃないかな。
たしか、アルバイトで始めた脚本の処女作が「火をかした男」というタイトルで、日本テレビの人気ドラマ「ダイヤル一一〇番」の何作目だかで放映され、続いて同じ番組に数本が採用されたと思います。昭和33年29歳ごろでしょうか。
翌年から、だんだんとテレビの世界を離れ、ラジオに比重を移して、「重役読本」が始まったころは、これ一本に専念していましたね。
ですから、向田文学の初期のエッセンスが「重役読本」には詰まっているのです。
最初に彼女のもってきた台本を一読して、文才の冴えを感じましたよ。作品の構成力は弱いが、イキイキした会話に私をはじめスタッフは目をみはりました。
また、日常生活のなかで見過ごしてしまいそうな機微やディテールの捉え方が素晴らしい。鮮明に昔の日常茶飯を記憶していて、巧みな比喩、上質のユーモアを交えて再現してみせる、手品ですね。
後年は省略と飛躍が一段と上手になった。テレビの台本読みの最中に、
「ここからスパッと二枚切りましょう」
なんて、平気で恐ろしいことを言う。
「何もいらないの。これ以上」
予定していた役者が一人、宙に浮いてしまうんです。
「ここから、あっちへ飛んだほうがリズムが出るでしょ。ねっ」
仲の良かった澤地久枝さんと同じ気質。大陸的で実におおらかな心ばえだから、まあ何も角が立たない。自然と彼女のペースになっている。やっぱり手品です。